2010-02-09 05:20:52
朝青龍問題の見解
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ある視点
海の向こうでは
ベースボールという
スポーツだが
日本では
リトルリーグから始まって
高校野球や
プロ野球は
野球ではなく
球道になる
日本人の
精神構造から考えると
たとえスポーツであっても
それは精神的な向上の
鍛錬の場として捉え
その構造は
日本人の精神的な
支柱になっており
人生や
仕事にも
その思想は貫かれている
そしてその
精神的な向上の
鍛錬の場という
全体像を上から
ふかんで見ると
道という概念になる
むろん
日本の国技である
相撲は相撲道であり
興行という側面はあっても
マゲをすることを許された
唯一の競技の精神は
そのまま
武士道へと繋がっていく
その武士道的な
側面を継承する国技と
馬賊を起源とする
何でもいいから
力だけで
略奪しちまえばいいんだという
貧しい発想しか想像できない
単細胞的な
幼稚な男の頭の中身とでは
どうしても
相容れないものがあり
その違和感が最後まで
払拭されないまま
消え去った
哀れなデブだった
日本相撲協会は
興行という側面だけで
馬賊の男を甘やかしてきたから
この先の
近い未来に待ち受けている
極端な興行的な落ち込みという
自業自得の
身から出た錆の
すっぺ返しを受けることだけは
簡単に想像が出来る
八百万の神々達が
守って下さっている
日本民族の
精神構造や様式は
馬賊的な略奪という
発想しか持てない
幼稚なデブなど
受け入れない
高貴で
成熟したものを持っている
