広い場

頭のちょっこっと上に
小さな芽が浮かんで
その芽から
花を咲かせたくて
書いて
書いて

それでも
その芽に従って
書いているうちは
自分の小さな殻の中で
書いているから
固い殻は到底破れなくって

その後も
固い殻など
忘れるぐらい
書いて
書いて
手首が腱鞘炎になったぐらいに

ある時突然
視界がぐぅんと広がって
広い場にでて
気持ちのいい風にあたれる

気がつけば
頭の上の
小さな芽から
黄色くて
小さな花が
咲いていた

いつの日か
ぼくは
そんな詩を書きたい

すべてを
捧げても
そんな詩を書きたい

 

 

 

 

 

 

 

 
先生の微笑み

世界中が
こんなにも
ダビンチ・コードで
もちきりになっているなんて

先生は
天国で
どう思っているのでしょう

地球上の監督で最も尊敬する
キューブリック先生は
以前インタビューで
モナリザの微笑みを
歯が痛いだけではないのですかと
答えていました

よく考えると
モナリザも
2001年宇宙の旅も
この一見なんの共通点もなさそうな
二作品は
とても似通った作品のような気がします

それは
どちらも
どのような解釈もできる
芸術作品ということです

微笑みにしろ
スターチャイルドにしろ
観た人が
どのように感じてもらってもよく
一切の言葉を排除した
絵画や映像の体験になっています

でもそれこそが
優れた芸術作品の本質と
いうことではないでしょうか

ダビンチ先生は晩年
水の素描を描きつづけ
キューブリック先生も晩年
全世界が水に没するという映画の構想を練りつづけ

ダビンチ先生が
ラファエロに絵画の技法を教えるがごとく
キューブリック先生もスピルバーグ監督に
その聖火を預けました

全世界がこんなにも
先生の置いていかれた
玉手箱にやっきになっているようすを
先生は
天国で
どのように眺めているのでしょう

きっと
微笑んで
いらっしゃるのでは
ないでしょうか

その先生の
微笑みすらも
どのようにでも
解釈できる
微笑みで・・・

 

 

 

 

 

 
なんとなく・・・

台風や
熱帯低気圧の
激しい雨が
過ぎ去った朝の

まだ重そうな雲たちが
怒濤のごこく
流れ去っていくさまを

ただぼーと
眺めているのが
なんだか
心地いいんです

普段は
気が付かないけど
あぁ
この星も
生きつづけてるんだと
実感でき
大きな力に
胸騒ぎすら感じる
この一時が
好きなんです

そんなことを
なんとなく
思いながら

ただぼーと
意識は
雲の中へ・・・

おはよう
地球さん

 

 

 

 

 

 

 
愛燃え尽きて・・・

いなくなると
きゅうに
寂しくなる人がいます

優作さんとは
そういう
人ではないでしょうか

誰もが
その人なりの
優作さんがいて

誰もが
その人なりに
優作さんの
いいところを
見つけていて

嫌らしい打算で
楽な道を
安易に選んでいる
自分がいたら

どこからともなく
「お前、そんなことやってて、いいのか。」と
叱られる声が
天から
聞こえてきそうな

優作さんとは
そんな
愛の人でした

いなくなると
きゅうに
寂しくなる

優作さんとは
そんな人でした・・・

 

 

 

 

 

 
最後の晩餐

真っ暗な空間の中
カメラは
ゆっくりと
ゆっくりと
サンタ・マリア・デレ・グラツィエ教会の
扉から中に入っていった

まるで
神様に参詣する
震える子羊のように

入り口を
右に曲がると
見る見るうちに
神様が近づいてきた

私は
絶対の静寂の中
独り実物大の
神様の前に立った

神様は
この地上で最も
尊敬する先生の
意志や
指先や
髪の毛の一本一本までも通し
圧倒的な力で
語りかけてきた

そう
言葉にならない
詩で

愚かにも
最後の晩餐の最中に
招かざる客として
神様の世界に
迷い込んでしまった
私だが

暗闇の中
光だけが
希望であるということに
救われた

 

 

 

 

 

 
sのマーク

人は誰でも
落ち込んだり
悩んだり
動けなくなったり
色々な葛藤がありますが

また再び
気力や体力が
回復するのが
早い人ほど

人に
勇気や
希望を
与えてくれる
スーパーマンです

そして
あなたの胸には
sのマークが
燦然と光り輝いていて

あなたの
スーパーマンは
必ずまた
戻ってきます