終着駅

夜の電車が
終着駅に
近づくにしたがって

少し背中を丸めた
無言の乗客たちが
一人
一人
家路に帰っていった

最後尾の車両では
僕だけが
独り
残されていた

その時
ふと思った
この電車は
どこまで
行くのだろう

いっそ
このまま
銀河まで
いっちゃえばいいのに

だけど
踏切だけが
闇の中に
消えてった

哀しそうな
紅い目と友に・・・・

誰もいない
家路
僕には
厳しい
現実だけが
待っていた

 

 

 

 

 

 
雨に濡れながら・・・・

道を
歩いている途中

今にも
泣き出しそうな
鉛いろの雲から
突然の夕立が
降ってきた

傘もない僕は
ただ
何も出来ずに
濡れていた

今まで
何度となく諦めてきた
僕だけど
この道を進むのだけは
諦めたくない

もしかして
この雨は
この先に行くためには
避けては通れない
雨かもしれない

こんな雨に
何度となく
濡れながら

僕たちは
強くなって
いくのかもしれない

 

 

 

 

 

 

 
ふいに・・・・

対向車線に車も通らない
真夜中の山道を
ドライブしていて
ふいに煌々と輝く
コンビニが現れた

そんな時は
ふと
立ち寄ってみたくなる

もしもこれが
銀河なら
真っ暗な宇宙を旅していたものが
こんなにも
きれいな星を
ふいに目にしたなら

きっと
ちょっと
寄っていきたくなるんじゃ
ないだろうか

どんなに
真っ暗な空間でも
ふいに
明るい光が差すことがある

それは
心も一緒で
どんなに
真っ暗だと思っていても
ふいに
光が差してくることが

そう
それは
本当に
ふいに・・・・

 

 

 

 

 

 
宇宙のへ

どんなに
苦しんだって
たかだか
百年

そんなもん
宇宙の歴史からすれば
一瞬のへのような
もんだろ

宇宙が
へをこいた

そんなへ
乗り越えられない
はずがない

 

 

 

 

 

 
第六夢丸出航

水揚げしたら
直高級料亭に運ばれる
幻の最高級まぐろだって
漁に出ねぇと
捕れねぇんだぁ

どんなにしけたって
どんなになぎだって
漁に出ねぇと
始まんねぇんだぁ

俺は
漁師さぁ
一本釣りの
漁師さぁ

ガキの頃から
とうちゃんに連れられて
ブンなぐられて
大きな海に
出てんだぁ

丘にいたんじゃ
なんにも
始まんねぇんだぁ

漁に出なきゃ
漁に出なきゃ
でっけぇ
でっけぇ
夢を釣ることは
できねぇんだぁ

俺は
でっけぇ
でっけぇ
夢を必ず釣って
みせるんだぁ

帰ってくる時は
大きな
大漁旗を
空高らかに掲げて
思いっきり振って
帰ってくるんだぁ

第六夢丸
夢夢西に
進路を取れ

 

 

 

 

 
耳を澄ませば・・・

波は
どこから
生まれるのだろう・・・

もしも
それが
波ではなく
夢だったなら・・・

特別な日になる
始めの一日目は
いや始めの
その瞬間は
どんなことが
起きているのだろう

ちょっとした
風から
生まれたのか
それとも
小さな
さざ波から
生まれたのか

今宵も
この広い海の
どこかで
いくつもの
さざ波が
生まれて

いくつもの
波が
消えていく・・・・

それが
海なのかも
しれない

 

 

 

 

 

 
ボゥと・・・・

多くの挫折を乗り越えて
自分の夢を叶えた
人の話しとは
なんて魅力的なんだろう

なんてこんなにも
人々を引きつけるのだろう・・・
とふと
考えてみました

それはきっと
どんな状況であっても
自分の信じるものを
諦めなかった
心を持っていたからでは
ないでしょうか

色々なことがあっても
最後には
その心が勝ったからこそ
その人が話す内容も
人々の共感を得られると

ということは
たとえ今が
どんな状態であっても
その心さえ
失わなければ

そんなことを
テレビの映像を
ボゥと
観ながら・・・・

 

 

 

 

 
Shall we カッティング?

撮りっぱなしの
つまらない運動会の映像なんかを
ただだらだらと観せられてしまったら
誰でも飽きてしまうでしょう

映画とは
カッティングする芸術で
何でもないただの映像が
カッティングの技術によって
興奮も
感動も
呼び起こす
魔法の一本に生まれ変わるのです

どんな映画にも
ダンスのステップのような
カッティングがあって
そのダンスは
最も感覚的で

映画ジョーズで
ジョーズの胴体に
一番槍を突き刺すシーンや
E.T.で実験室から
カエルを逃がすシーンなどは
まさにスピルバーグの心の中だけに刻まれている
テンポで
あのテンポは
誰にもマネのできない
スピルバーグだけが授かったテンポです

ただ完璧なカッティングとは
そのテンポすら
全く感じさせず
物語と完全に溶け込んでいる
作品ではないでしょうか

希ではありますが
そんな完璧な作品が
何十年に一本現れます

羊たちの沈黙のカッティングは
完璧な作品で
レクターとクラリスが
始めに向き合うシーンから
じわじわと音もなく静かに近づいてきて
気が付くと
観客は完全にその作品の中に
放り込まれていて
もう映画の世界から
抜け出せなくなくなっています

人間は
誰もが
一本の
長い
長い
映画の主人公で

あなたはその映画の
プロデューサーであり
監督であり
自分の人生の
あの部分と
あの部分を
カッティングしたいという
願望を持っていることでしょう

人生とは
自分次第で
みんなが共感できる
素晴らしい名作にもなれば

誰にも観られず
しっそりと蔵の中に葬られる
最低の駄作にも
変わってしまう
特別な
映画ではないでしょうか

さぁ
あなたの映画の
第二部は

これから
上映されようと
しています

 

 

 

 

 

 

 
キャスティング

日本映画でこれからもっと
その存在と役割の重要性が
注目されるべき仕事は
キャスティング・ディレクターではないでしょうか
ハリウッドでの地位は高く
そのクレジットも
上位の方に位置します

キャスティングとは
さぁこれから
ギャンブルをしようじゃないかぁと
みんなで席について
最初のチップの山を
ルーレットの前に置くようなもので
チップを置く場所を
誰も置かない自分だけの場所に置いて
多くのリターンを求めることこそ
キャスティングの醍醐味ではないでしょうか

そのギャンブルが
有名なベストセラーや
リメイク作品など
誰もが知っている
大きなギャンブルであればあるほど
ハードルもレートも高くなり

誰もが認める安全パイの上に
自分のチップを置くか
それとも全くの無名でリスクはあるが
みなが描く主人公像の上を創造しうる
俳優の前に自分のチップを置くかは
プロデューサーの腕にかかっており
その賭け方が潔く鮮やかなほど
プロデューサーのギャンブラーとしての
センスが世に問われるのではないでしょうか

風と友に去りぬの名プロデューサー
デイビット・0・セルズニックは
スカーレット役のギャンブルに
全米の都市を回る一大キャンペーンをひき
全米の注目を集めさせ
ハリウッドの女優になるのか
それとも南部の女性になるのか
アトランタ炎上の撮影時もその役は決まらず
セルズニックは自分の直感だけを信じ
その全掛け金を英国の女優の前に置きました

そのギャンブルは見事に大当たりし
映画は空前の大ヒット
セルズニックのギャンブラーとしての
腕が一流であることを
世に知らしめました

その反対に
大きな猿のギャンブルで何で
同郷の女優の前にチップを置いたのか理解に苦しみます
あの物語は誰もが知っているストーリーで
主人公の女優を新人にすることによって
映画の新鮮味と期待値を高めることになるのですが
なぜあのような過去の女優を使うのか理解に苦しみ
始めから鉄火場に足を踏み入れるという
リスクを取ってないギャンブルな分
唐辛子の入っていない
キムチのようで
ピリ辛さが欠けました

それに比べ
赤いマントの男のキャスティングは
映画を観る前から期待させられます
ゴールデン・グローブ賞の
プレゼンテーター役の時の謙虚な表情や
キャスティング時の記事や
トレーラーから
クラークであることは明かで

後は空を飛ぶ姿が
どれだけ青い空に溶け込んでいるか
大きなスクリーンで
その勇姿を見上げるのが
今から
楽しみです

 

 

 

 

 
ハリウッド畑の豊作

ハリウッド映画では
一本の映画が大ヒットすると
必ず続編が創られます

その続編の持つ
神秘性や
カリスマ性や
魔力や
創り手のモチベーションの芽は
何作目辺りから
枯れていくのでしょう

それは3作目辺りから
初代の方向性を見失って
枯れていく宿命にあると思います

初代が地味ながらアイデアでヒットすると
2作目の企画は簡単に決まります
初代の路線のまま
制作費も宣伝費も規模を大きくし
派手にするだけでなんとなく
見栄えがするからです

しかしこの路線に安易に手を出してしまうと
必然的に3作目に突入した時に
袋小路に迷い込んでしまいます
パワーゲームだけの路線では
もうすでに限界に行き詰まっているからです

そして代わり映えがしない3作目では
創り手のモチベーションの低さや
出演者側のおごりも目立ち
観客の支持を得られず
早々と消えていくのです

魅力的なキャラクターや
力があるストーリーなら
何年か後リスクを背負ってでも
開拓していこうと立ち向かう
カーボーイが現れて
また企画は立ち上がります

しかしこれこそが
ハリウッドの底力であります
こうやって常に
何代も何代も
新陳代謝をくり返すことによって
新しい才能の芽が伸びていき
ハリウッド畑が豊作になるのです

 

 

 

 

 

 
パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト

映画を観る前の
楽しい高揚感の中には
色々な期待や感情が入り交じっていて
主演の役者のキャリアが
こんなにもクールだと
映画も締まって観えて
それは映画にとって
出会えそうで
出会えない
幸福の第一歩だと思います

ジョニー・デップは
そんな役者の一人で
使い捨てが当たり前の
ハリウッドにおいて
彼ほど自分のキャリアを
作り上げるために
闘っている役者は
いないのではないでしょうか

かっこ良すぎてルックスだけが
クローズアップされそうな20代
自分の路線のイメージとずれてきた
レギラーの番組をあえて降りたり

ハリウッドのスタジオ作品ではなく
インディーズの作品に出演し
カリフォルニアではなく
ヨーロッパに居を構えた30代

そして華々しい
ハリウッドのスタジオ作品で
彼独自のコミカルで繊細な
ヒーローの演技を確率し
アカデミー主演男優賞にも
連続してノミネートされた40代の今

若手の役者が彼のキャリアを
目標にするのは当然で
売れたらすぐにハリウッド病にかかってしまう
人間が多い中
彼ほど地に足が着いている男は
凄いと思います

その中でも
パイレーツ・オブ・カリビアンの
ジャック船長の演技は
できそうで
できなくて
ちょっとズレてしまうと
とたんにまぬけで滑稽に
見えてしまう演技を
ギリギリの際で演じている彼の
腕は凄いと思います

たぶんエドウット辺りから
作り上げようとしていた
彼独自のイメージがここにきて
現実とイメージとのギャップのズレがなくなり
カチッとはまったような感じがします

創造性という樹を腐らす害虫は
独りよがりという虫で
デップはその虫を
ジャック船長のごとく
ことごとく退治しているから
人々はこの俳優を
また観たいと想うのではないでしょうか

 

 

 

 

 

 
SAYURI

大勢の人達が
同じ時間を共有し
大勢の人達が
同じ薄暗い空間を共有し

その中で
一筋の光が差す方向を観るという
共同作業だけでも
映画とは特別なもの
ということがわかって

その特別なものには
それを光らせるだけのものがあり
その要素の一つが
美術デザインだと思います

映画には
映画になるための
美があり
その美とは
事実と虚像の狭間の
美であり

SAYURIとは
そんな美が
画面に観えない細部にも
張りめぐされた映画でした

それはまるで
主人公の少女の
願いのようでもあり

少女は
夢を叶えるために
自分が置かれた絶望の境遇をも
チャンスへの階段の足がかりに変えていき

一つの夢を
頑なに信じた
少女が
その細く震える手で
つかもうとした夢は

色々な人の
挫折や
執念や
影でできた夢で

少女はそこに
影があるからこそ
光があるということを
嫌というほど
思い知らされる

それでも
そんな環境でも
少女は
素直な心づかいや
気づかいや
思いやりを大切にし

一段一段
自分がシンデレラへと変わる
階段を上がっていく

SAYURIとは
暗い闇の中でも
光る玉のような
そんな
物語でした

 

 

 

 

 

 
ひとつのこころ

ひとつの
こころがありました

ひとつの
こころは
くらべるもんじゃなく

ひとつの
こころは
けなげに
いきていました

そんな
すがたを
みているだけで

もう
ひとつの
こころも
すくわれたきがしました

 

 

 

 

 

 
お日さまのようで・・・

あなたの
笑顔を見て
あの人も
笑顔になってくれて
もしかして
ちょと
幸せになってくれて

あなたの
笑顔は
そのままで
やさしい
木漏れ日の
お日さまのようで

あなたの
ありがとうの
言葉で
また
違うあの人の
心に
ありがとうの種が
生まれて

幸せは
手の平
いっぱい分ぐらいが
ちょうどいいと
思い出したい

そんなことを
ふと
思い出したくなった
傷ついた
葉っぱ

 

 

 

 

 

 

 
あなた色の虹

あなたの
夢はなんですか

その夢は
もう
あなたの空に
描かれていますか

もしも
その夢が
誰かのために
なるような
夢だったなら

それは
きっと
素敵な
素敵な
夢ですね

あなたの行動で
みんなが
元気になったり
あなたの想いで
みんなが
励まされたり
あなたが
みんなの
背中を押してあげたり

そんな
あなたの
笑顔は
きっと
みんなの
虹なんでしょうね

 

 

 

 

 

 
気力の源泉

もう一度
立ち上がるためには
モチベーションが必要で
モチベーションとは
パワーで
そのパワーは

きれいな小川から
どんぶらこ
どんぶらこって
のんびり優雅に
やってきてくれるもんじゃなく

心にある
気力の源泉から
てっぺんめがけて
噴き出してくるもので

誰にでもある
気力の源泉に
いい湯を注ぐためにも

おいしいもん
いっぱい喰って
ゆっくり寝て
部屋をかたづけて

さぁ
もぅ一度
源泉を
ぶちかまそうぜ

天高く
天高く
ぶちかまそうぜ

 

 

 

 

 

 
台風が過ぎ去って・・・

どんな台風だって
その渦中に
巻き込まれている時は
一刻も早く
過ぎ去ってくれないかと
願うものだが

後から
振り返ってみたら
あの混乱こそが
自分を
成長させてくれたんだと
感謝することがある

台風が過ぎ去ると
一抹の寂しさと
心を
掃除してもらえたような
そんな
何とも言えない
爽快感が残って

もしもこの
長い
長い
道のりが
一個の
巨大な台風だったなら

それが
過ぎ去った後も
また
あのような
寂しさみたいなものが
残るのだろうか・・・

できれば
この台風だけは
爽快感だけが残る

そんな
台風に
したいものです

 

 

 

 

 

 
雀の一矢

この道に生まれて
この道に死んでゆくのなら

この道も自分で選んだ
道ならば

それもまた
本望ではないか・・・・

雀よ
泣くなかれ
泣くなかれ

それもまた
掟ではないか

でもまだ
お前には
翼があるじゃないか
雨に濡れて
重くはなっているが

お前には
そんなにも
立派な
羽ばたく手段が
あるじゃないか

ならば
最後の一矢を
報いることはできる

そのために
その力を
授かったのではないか

 

 

 

 

 

 

 
ジャンク機関車

どんなに高級な
有機野菜を
食べていても
ネガティブで
背中が丸まった
乗り物なんかより

ジャンクフードを
喰っていたって
前向きで
真っ直ぐに前だけ見ている
機関車の方が
絶対に
前に
前に
進むんだぁ

どんな
ジャンクフードだって
身体の中に入った瞬間
やる気の塊だけで出来た
ヘモグロビンが
迎えにきてくれて
思いっきり抱きしめてくれて
そしたら
みんな
ダイヤのようになっちゃって
前に
前に
進んでいく
力になっていくんだぁ

機関車は
喰いものなんかより
やる気という名の
石炭で
前に
前に
進んでいく
生き物なんだぁ

 

 

 

 

 

 
なぜに・・・・

なぜに蛙は跳ぼうとする
なぜに燕は羽ばたこうとする
なぜにたんぽぽの種は舞い上がろうとする
なぜに夢は・・・・

なぜに
なぜに・・・・

冷たい雨に打ちひしがれても
泥水に突き落とされても
理不尽な壁に阻まれても
それでも
夢は・・・・

なぜに
そのままでは
いられない

だって
青空が見えるんだから
新しい大地が呼んでるんだから
だから
跳ぼうとしなくっちゃ

それでも・・・

そんな時もある

翼が生えない時は
そんな時は
時を待ちたい

その朝が
やって来るのを
静かに
じぃっと
待っていたい

今は
ただ
それしかできないから

必ず
時が来ると
信じていたい

 

 

 

 

 
夢の種

アスファルトと
アスファルトとの間の
狭い狭い隙間に
たんぽぽが
にっこりと
咲いていた

暑さにも負ケズ
狭さにも負ケズ
車の排気ガスにも
人に踏まれても
自転車にひかれても
負ケズニ
けなげに咲いていた

たんぽぽが
あんな狭い隙間に
咲いてるってことは
あそこに種が
ふぁっと
落ちたってことだよなぁ

もしそれが
たんぽぽんの種ではなく
夢の種だったなら

花を
咲かせようとする人は
現実と絶望の狭間の
チャンスという名の狭い土地に
自分の夢の種を
落とすようなもの

たんぽぽの種が
諦めずに
タッチダウンしているんだ
君の種が
チャンスの土地に
見事タッチダウンできないはずがない

何度でも
何度でも
トライして
何度でも
何度でも
種を作って

たんぽぽなんかに負ケナイ
君の花を満開にするんだ

           義明

 

 

 

 

 

 
空を見上げたくなるような・・・

いい映画には
いいスコアーがあり

そのスコアーを聴ただけで
その映画の絵が浮かんでくる
誰にもそんな映画が
あると思うのですが

僕にも何本か
そういう特別な映画があって
本当に好きな映画は
もぅいても
たっても
いられなくなるから
上映前からスコアーを買って
自分なりにシーンをイメージして
映画を観にいったりします

今日はそんな
楽しみにしている
スコアーの発売日

このテーマソングだけは
変えられないでしょうと
思っていた映画で
そのスコアーの情報が入ってくる前は
もしかしてスコアーも
変わってしまうんじゃないかと
はらはらドキドキしていたのですが
同じ作曲家で
同じテーマソングと聞いて一安心

もちろん
彼には
あの曲しか
似合わないと思います

そう
みんなが
思わず
空を見上げたくなるような
あの曲です

 

 

 

 

 
その先の道・・・

笑いすぎると
涙がでてきたり
楽しいことが
つづくと
哀しみに
突き落とされたり

それでも
道は
何事も
なかったように
淡々と
つづいていって

見渡す限りの
一本道で
どこまで
つづくか
わからないけれど

その先に
何かが
あるんだから
道は伸びていると
信じ込み

じゃなきゃ
道が
もったいないと
思い込み

そこまで
到達するのも
その過程も
みんな
自分の道で

自分の意志で
自分の足で
自分の根拠のない自信で
立った
せっかくの
スタートラインを

こんな所で
無駄にしてたまるか

 

 

 

 

 

 
ジョディ・フォスター

長嶋さんの一番の見せ場が
三塁ゴロだとするならば
プロのアクターの一番の見せ場は
密室劇ではないでしょうか

きれいな風景でフィルムを
ごまかすこともできず
十分もすればセットに目が慣れてきた
厳しい観客の視線は全て俳優に注がれ
その時こそ
俳優の力量が試されることはないでしょう

プライト・プランは
旅客機の中の密室劇でありますが
名優ジョディ・フォスターは
見事なまでのその演技で
映画を観ている観客を
旅客機の乗客に変えてくれました

そういえば羊たちの沈黙も
密室劇の要素を含んでいたと思います
レクターと会う時は
いつも外部と完全に遮断さえた空間で
その中で真の俳優同士の
目には見えない戦いの緊張感が
こちらにも伝わってきて
その瞬間映画になりました

羊たちの沈黙の
アンソニー・ホプキンスにしろ
カッコーの巣の上の
ジャック・ニコルソンにしろ
M:i:。の
フィピップ・シーモア・ホフマンにしろ
天国と地獄の
山崎努にしろ
悪役の俳優の狂気の切れ味が鋭い映画は
なんと絵が締まることか

そしてこの狂気の遺伝子こそ
優れた芸術作品の中に隠れていて
レオナルド・ダ・ビンチ先生も
スタンリー・キューブリック先生も
フィンセント・ファン・ゴッホ先生も

みな己の狂気を
強引に押さえつけて
自分の芸術作品の中に
力尽くで
押さえこもうとしましたが
収まりきれないで
狂気が何世紀以上も
放射状に噴き出し
のたうち回っているような
そんな強烈な作品を
後世に残しています

狂気はそれだけ
人々を引きつけますが
その反面
飼い馴らし方を間違ってしまうと
主人をも喰い破ってしまうという
恐ろしい存在でもあります

もちろん
ジョディの中にも
その強烈な龍が
巣を作っています

 

 

 

 

 

 

 
ジム・キャリー

以前テレビで
あぁ今日は疲れたなぁと思うと
スターウォーズのニューホープを
まるまる全部観るという人がいて
その人はスターウォーズの
カルトクイズで見事優勝していました

またそのクイズの最後の問題が圧巻で
映画のラストでデススターに突っ込んでいく
xウィングの部隊名・パイロット名を
全て順番通りに答えなさいというもので
その人は見事全部答えていました

あれを見ていた
僕の脳裏にも思わず
20世紀フォックスのファンファーレと
スターウォーズの
メインタイトルが流れてきたりして

人にはそれぞれ
疲れていたり
ちょっと元気がなかった時に
つい観たくなるような映像があると思います
僕の場合はジムの映像なんです

彼を観ていると
なんだか元気になるんです
僕はまるまる一本観るのではなく
この映画のこのシーンとか
あの映画のあのシーンとか
好きなシーンだけ観ます

その中でも特に元気になるのは
ヒストリーチャンネルで放送した
ジム・キャリーのサクセスストーリーの映像なんです
貧しいながらも家族の中には
いつもジョークがあって
「僕はジョークで全てを手に入れたんだぁ。」という
ジム本人の発言もふんだんにある番組で
あの番組を観ると元気もりもりになるんです

落ち込んでいる時って
心がどこか隅っこの方で
じぃっと動かなくなっているから
そんな時は難しいことをするんじゃなく
心に単純な上下運動を
させてあげればいいと思うんです

心を上下に動かしてあげて
どんどん加速をつけさせて
飛び上がる翼の形をした
気力をつけさせてあげる
そうすれば
あの太陽のようにもう一度
昇るんです

あなたの
元気映像はなんですか

それは
きっと
あなた自身なんですね

 

 

 

 

 

 
スーパーマン・リターンズ

全てのエンターティメントは
二つに分けられると思います
そのエンターティメントが
始まる前の高揚感と
中身の充実感

映画はその際たるもので
スーパーマン・リターンズの中の
スーパーマンが
どのような葛藤で描かれているのかが
一番の楽しみです

リチャード・ドナー監督のスーパーマンで
私の好きなセリフがあります
それはクラークが
まだ若かりし頃葛藤し
地球の父に問いかける農場でのシーン
「タッチダウンなら毎回できるのに
なぜ力を見せてはいけないの
鳥が空を飛ぶことは
力を見せつけることになるの?。」

父は噛みしめるように
ゆっくりと答えた
「最初にお前がこの地球にやって来た時
誰かがその力を見たら
奪いにやって来るんじゃないかと
心配したものさ。
だがなぁ
俺も長い年月を生きてきて分かったことが
一つだけある。
お前は何かの目的があって
この地球にやって来た。
その事情がどういうことだか
俺にはわからないが
でもこれだけは言える
それはなぁ

お前はタッチダウンをするためだけに

この地球にやって来たんじゃないってことさ。」
地球の父はこの言葉を言った直後に倒れ

クラークは自己の内面を見つめるため
多くを求めず
独り孤独に
北に旅立ったのである

9・11後のこの地球で
なぜ今この時代に
スーパーマンが
私たちの頭上を
飛んで行かなければならないのかを考え

人々は今この時代に
スーパーマンに何を
求めているのかを問いながら

スーパーマンが
私の頭上を飛び上がる時を
楽しみにしていたい

長い年月をかけて
強烈な葛藤から抜け出し
もう一度
ある使命と友に
この地球にやって来てくれた
スーパーマンを
私たちは
心より迎えようじゃありませんか

お帰りなさい
クラーク

あなたが
帰ってきてくれることを
心より
お待ちしておりました
スーパーマン

 

 

 

 

 

 
スーパーマンと友に

スーパーマンは
ジェリー・シーゲルと
ジョー・シャスターが
創り出したヒーローですが
そのヒーローを
支持する人間もまた
スーパーマンになれる
可能性を秘めていると思います

もちろん
空を飛ぶことはできませんが
高い志や
高い夢や
高い目標を
心の空に描くことによって
大きな空に向かって
飛び立てると信じます

空は
こんなにも
高いんだ
夢の空は
もっと
もっと
高いんだ

スーパーマンが飛べて
君が飛べないはずがない
君自身が
スーパーマンに
なってしまえばいいんだ

恐れることはない
いつも顔を上にあげて
もっと高い高い
てっぺんを目指そうじゃないか

そうすれば
君自身が
自然とスーパーマンになって
スーパーマンと一緒に
空を飛んでいるはずなんだ

そう
スーパーマンが
ロイスと一緒に
空を飛んだ
あの夜のように

さぁ
心の空を
開放してあげて
飛び上がる準備を
しようじゃないか

空を見上げてごらん

スーパーマンは
君が空にやって来ることを
微笑みながら
待ってるよ

 

 

 

 

 

 
M:i:3

ジェームス・ボンドは
2度死んだが
映画に嘘が2度あってはいけない
M:i:。のトムにも
二つの嘘はありませんでした

主人公のイーサン・ハントは
プロのスパイ
俳優のトム・クルーズも
プロ中のプロ
このプロという精神が
最期の1シーンまで貫かれ
二つの精神にはなんのブレもなく

人間トム・クルーズの精神は
お金を払ってでも
観るに値する
希な精神だと思います

人間が見たいと思う本能は
有史以来の本能の一つで
映画のストーリーや
アクション以上の
光を放射しつづける

トム・クルーズという人間を
見たいと思わせるトムは
銀河で輝く星々の中でも
スター中のスターだと思います

そして予想外によかったのが
フィリップ・シーモア・ホフマンの悪役の演技
映画を観る前はなんとなく
自分なりにイメージしていったのですが

いざ映画を観て驚いたのは
今までの映画史に
なかったような悪役ぶりで
情けを徹底的に排除した
瞳の奧には
強い意志力を感じ
それが凄みのある
殺気になっていました

たぶん俳優・渥美清さんが
悪役を演じたなら
名優ホフマンと同じような
気が漂ってくるんだろうなとも感じました

例えば意志の弱そうな
人間の演技を観ていると
最期には
男に逃げたり
女に逃げたりするんだろうなという
甘い精神が浮かび上がってきて

どうしても映画の主人公が置かれている
絶体絶命からはい上がろうとする状況が
信じられず
感じられず
映画に感情移入できないのですが

意志の強い人間の演技には
最期の最期まで
自分自身から逃げださず
絶対に戦い抜くんだという
強い精神力が感じられ
それこそが
お金を払ってでも
観るに値する
芸術家だと思います

映像とは
人間の本能の欲が生み出した
最も原始的で残酷な芸術で
その生ぬるい精神が
一瞬でも出てしまうと
観客はすぐに見破ってしまうという
他の芸術にはない特質があり

ハリウットのメジャースタジオの映画には
甘えやなれ合いや
言い訳は感じられず
徹底的に細部にまでこだわるという
制作者としての
プライドと本気と責任がみなぎっています

トムの精神力と
ホフマンの意志力
プロのスターと
プロの芸術家

この二人の
男の誇りを賭けた
仕事ぶりは観ていて
とても心地のいい
爽快感が残った映画でした