犬神家の一族

この言葉をふと耳にした時に
特別な感情を抱く人は
少なくないだろう

1976年の公開当時の社会において
あの映画は映画以上の
何か得たいの知れない
パワーをかもし出していたのを
ガキながらに本能的に感じていた

ただのセルロイドのフィルムや
歌声や
真っ白なキャンパスは
制作者の念が強烈に焼き付けられれば
られるほど
それは映画になり
怨歌(えんか)になり
ヴィンセントになっていく

76年の犬神家は
角川春樹氏という
強烈な念がセルロイドのフィルムに焼き付いて
それが物語と完璧にはまり
異様な妖念のようなものに変化し
それは正に日本特有の
村の文化のようでもあったから
あれほどまでの社会現象になっていったのではないだろうか

一度別れた恋人に未練があって
また逢ったとしても
何にも得るものはないし
結局は後味が悪い後悔しか残らないと思うが
今この時代に
犬神家という名の足が
ドロドロとした湖の底から
もう一度浮上してきた

僕たちの頭の中では
あのままの当時の登場人物が
今も記憶の中で生き続けているが
あの時代の犬神家というトラウマを否応なく持ってしまった人間は
見届けなければならないという物を抱えているので
銀幕の前に座った

辺りが暗くなり
フィルムがカチカチと回り始めて想った第一印象は
あぁ顔が締まっていないなぁという思いだった
オリジナルに強い思い入れがあればあるほど
それは消去方式の見方になっていくのは
人の情としてしかたがないことだろう

顔の締まりのなさが
味になるのか
ただ太っただけなのかは
役者の力によるもので
もちろん石坂浩二さんは
役者として超一流の力を持っているのに・・・・
その他の何人かの主要な登場人物に関しても
締まっていないように思えて
30代半ばの勢いのあった
若々しい金田一を観てきた目には
どうしても違和感が残ってしまった

人間達の心の底に隠れているドロドロとした執念の中に
金田一の聖人のような天使のような
透き通った心が入り
そのコントラストが強ければ強いほど
金田一の無垢な心がきれいに
浮かび上がってきたのだけれど

円熟を増してきた石坂浩二さんの演技が
返ってそのコントラストを弱めてしまっているように
思えてならなかった

結局その思いは
映画の最後まで消えることはなかったが
最後のシーンはその思いすら
完全に逆転するような力を持っていた

金田一が田んぼの一本道のあぜ道で
こちらに向かって軽く会釈するシーン
実はこのシーン映画を観る前に
知ってしまっていたのだか
自分が予想していた以上に良すぎた
予想もしていなかった石坂浩二さんの演技が
いや演技ともいえない
何とも言えない
たぶん石坂さんの
心から自然に生まれた仕草に心打たれ思わず

金田一が鬼首村の仙人峠で
老婆おはんとすれ違ったシーンや
金田一がそうじゃの駅に駆け込んだシーンや
金田一が獄門島の千光寺の屏風に貼られた
三枚の俳句を眺めているシーンや
日夏黙太郎と定食屋でめしを喰っているシーンや
金田一が病院坂の上から
弥生婦人が人力車の中で
静かに永眠した姿を見守っている風景などが
一瞬の内に駆けめぐり
思わず涙しました・・・・

人々が強い思い入れを持った主人公が
銀幕の中で生前葬のようなけじめをつけるということは
なかなかできることではありません
寅次郎はまだどこかを旅しているという設定だし

しかし今回のように
市川崑監督の金田一耕助は終わりました
みさなん今まで長い間
ありがとうございましたという別れ方は
これまで一緒に生きてきたと思う者にとっては
思わず心にグッときましたし
金田一耕助にとっても幸せな別れ方だったと思います

これで市川崑監督と
石坂浩二さんが創り上げてきた
金田一耕助の
30年にもおよぶ難事件も
ようやく解決したのかと・・・・

ありがとう
金田一耕助

ありがとう
石坂浩二さん

ありがとう
市川崑監督

 

 

 

 

 

明智光秀

自分自身が
自分の魂を裏切った
行動をしようとする前に
その前で踏みとどまるか
そのまま魂を落としてしまうかは
自分が一番わかっていて
その逆もまた真で

他人に何を言われようが
自分の行動は
自分の信念に突き従った
行動だと確信していれば
他人に何を言われようが
言わせておけばいいし

そんな無責任な言葉に
大切な時間と
気力を振り回されるより
その時間を費やして
自分の信じた道を
もっと前に前に
進んだ方がいいと思える

光秀さん
あなたは
今まで
何人の人に
好き勝手な事を
言われ続けてきたのでしょう

それでも
あなたの行動の動機は
あなたしかわからないことなんですよね

僕はあなたの行動を支持しますし
世間の風も
光秀さんの心が
わかってきたような
そんな風が吹いてきたような
気がします

光秀さんは
その風を
どんなふうに
感じているのでしょうね

きっと
優しく微笑んで
いるんじゃないでしょうか

命を削り合った
あの日々なんか
なかったような

そんな
優しい目をして・・・・

 

 

 

 

イレギラー

ベースもねぇ
フェンスもねぇ
観客も
ひとっ子一人いねぇ
人生という名の球場は

人工芝なんかでは
できていなくって
上品な天然芝も
生えていなくって

石ころだらけで
でこぼこだらけで
泥水だって
溜まってっけど

それなら
それで
打たれたら
真っ直ぐに飛んでいく
打球なんかに
なるんじゃなくって

イレギラーになって
相手の予想もつかねぇ所に
飛んでいこうじゃねぇか

かっこなんか
つけてられっか
なりふりなんか
かまってられっか
イレギラーになって
戦い抜こうじゃねぇか

九回裏二死満塁
もう後はねぇんだぁ
ここで挫けたら
今まで
何のために
歯を食いしばって
泥水すすって
戦ってきたんだぁ

さぁ
しまっていこうぜぇ

さぁ
イレギラーでいこうぜぇ

 

 

 

 

 

M-1

男は誰でも
棺桶に片足を突っ込む瞬間に
あぁ
あそこが俺の人生を賭けた
瞬間だったなぁと
振り返る時があると思う

四角いのコロッサムに
剣など持たずに
己の話術だけで
立ち向かっていく
グラディエーターたちの
賭けたのもが
大きければ大きいほど
殺気が漂えば漂うほど
観衆は本能的に喜び

グラディエーターたちが
立ち向かっていく瞬間こそ
人間が生きている瞬間であり
一番光り輝いている瞬間でもあり
その目撃者になれることは
喜びの瞬間である

またグラディエーターたちが
観客の予想もしていなかった攻撃で
大逆転の勝者になると
それはまるで
一本の映画を観ているような
なんと素晴らしい高揚感に包まれるのだろうか

今宵そんな最強の
グラディエーター達の瞬間を観た
チュートリアルの
徳井義実氏と福田充徳氏である

そして今夜は
彼らの人生の線路の分岐点にある
分岐器がガチャンと変わった音が聞こえてきた
聖夜でもある

これから
二人の乗った列車は
どんどん
どんどん
突き進んで行くだろう

そう
夢の最終駅に向かって

 

 

 

 

 

リスペクト

同業者をリスペクトできない人間は
同業者からもリスペクトされないだろう

所属タレントの賞品価値を維持するために
日本映画の最高峰の日本アカデミー賞を辞退するのは
映画芸術を愛する人々に対して
なんと失礼な行為だと
これが、私が一番始めに感じた感想です

そのニュースは
何気なくつけていた
夕方のニュースから流れてきました
「木村拓哉さんは所属事務所の意向で
他の優秀賞の人とは競うことはしたくないということで
日本アカデミー賞優秀主演男優賞を辞退することになりました。」

確かにアカデミー賞には
競うという一面はあるかもしれないが
芸術は競馬ではない
一着が最高で
五着が最下位ではない

それは観た人が決めることであって
孤独と不安の狭間に合いながら
映画芸術を 創り上げている
同業者同士が讃え合い
芸術の向上と
新たな芸術を生み出していく
鋭気を養う場であるのに

競争という一面だけを取り上げて
辞退するとは
今回のジャニー喜多川氏の判断は
余りにも偏っていると思う

SMAPは「世界に一つだけの花」で
レコード大賞を辞退して以来
事務所の意向として
レコード大賞を辞退していることもわかっているが
レコード大賞はその年のレコードセールス宸Pに贈られる賞で
即ち数のレースだが

日本アカデミー賞はそうではない
もしも事務所の意向というならば
「硫黄島からの手紙」の二宮和也氏の
米アカデミー賞の助演男優賞も同じく辞退するのだろうか
そうでなければ筋が通らない

二宮和也氏という素晴らしい才能を
全世界にわかってもらえる
最高のチャンスでもあるのに
ノミネートされるだけでも
大変な名誉なことなのに

生前マーロン・ブランドは
米アカデミー賞を受賞した時に自らは式に欠席し
代理人にネイティブ・アメリカン人の少女を壇上に上らせ
政治的なスピーチをさせて多くのブーイングを受け
直ぐさま米アカデミー賞の人間が壇上からコメントし

「ここは賞賛の拍手を贈られる場所であって
政治的なメッセージを発言する場ではない。」と発言し
会場からは溢れんばかりの拍手を浴びていた

小さな時にこの光景を観て
大きな衝撃を覚えたことを
今でも覚えている

夢の世界で生きている人間は
決して自らの可能性や
夢の世界を狭めてしまう行為は
避けなければならないと思う

ジャニー喜多川氏の今回の判断を
これから夢をつかもうとする
小さな子供たちが観た時に
なんと思うだろう

純粋になんてもったいないことを
しているんだろうと
疑問を持つに決まっている

そんな夢の子供たちに
疑問を持たせただけでも
今回の判断は
断じて間違っている