心について

例えば
ダイエットのリバンド
あれだって
喰いたいという
欲求が残ってから

また
どんどん
どんどん
喰っちゃうんでしょ

それだったら
喰えばいいじゃん
喰いたきゃ
喰えばいいじゃん
どんどん
どんどん
喰っちゃえばいいじゃん

喰いたいと
思っているのもを
一ヶ月でも
二ヶ月でも
毎日毎日
嫌でも
喰い続けるんだよ

そうすりゃ
欲求野郎も
もういいよ
止めてくれよってなるよ

心の欲求を
心で押さつけたって
どうせ勝てっこねぇんだから
元々自分の心と戦う自体
戦う相手を間違えてんだから
戦うと思うこと自体が
ストレスになるんだから

そんな無駄な
気力と体力と時間を
自分の大切な人生につぎ込むより
その気力と体力と時間を
自分の夢を前進させる
ロケットエンジンに転化した方が
よっぽど有意義じゃん

欲求野郎なんて
適当にだましてつき合って
流していこうぜ

大切なのは
自分の心よ

自分の心を
大切にしてあげれば
他人の心も
大切にしてあげられるよ

自分の心を
うまいように
おだててあげて
陽気にさせてあげて

ここが人生の勝負所という時の
集中力のために
ゆっくりと
かわいがってやろうよ

この長い長い道を
一緒に歩いていく
心と身体の両輪の
片方の大切な
心さんなんだから

いつも
苦労ばっかかけて
ご苦労さんねって
ほめてあげようよ

 

 

 

 

芸術について

欲求野郎って
本当に恐いよ

かわいそうなのが
フランダース村の
ネロ少年だよ

分厚いカーテンに隠された
ルーベンスの絵を
見たいがために
一生懸命
働いて
働いて
働いて

幼い身体なのに
一生懸命
働いて
働いて
働いて
身体まで
壊しちゃって

本当に
かわいそうだよ
悲劇だよ

当時のオンエアーは
クリスマスの夜にぶつけてきたから
ガキの頃の俺も
あれにはやられたけど

今考えれば
ルーベンスの絵なんて
ほんと
たいしたことがないよ

じゃなぜ
たいしたことが
ないって
その理由は簡単よ

あの絵は宗教画なんだけど
芸術の主体は
神様であってはならないんだ

やっぱ
主体は人間よ

人間が
生きて
悩んで
苦しんで
ぼこぼこになって

それでも
そのパワーから
生まれてきたのが
真の素晴らしい芸術よ
ヴィンセントよ

神様は
そんな次元にには
いないよ
もっと高い次元から
人間を見守ってくれているよ

人間が主体であって
人間が生きるために
ある芸術こそが
優れた芸術よ

ヴィンセントの絵の中に
サブミナルのように
一瞬神様の心を
感じることができる

それを創れる人間が
人類史上最も優れた
芸術家であって

それこそが
真の
優れた芸術よ

 

 

 

 

 

言葉について

当時の空気は
石原都知事の
色々な問題が浮き彫りになり
混迷を極めていた
民主党の候補選びの
最後の大取を飾るように
浅野氏が登場してきた

国民は浅野氏がどんな
第一声を発するのか
静かに耳を傾けていたが
第一声が
「石原都知事はおごっている。」だった

あれには正直
ガッカリきた

いきなり
ネガティブ・キャンペーンから
始まってしまった

他人のことはどうでもいい
自分ならこうしたい
自分ならこうできる
自分なら国民を
この素晴らしい未来に
引っ張っていくビジョンが見える
だから自分を
支持して欲しいという
未来像がなかった

政治家は軍人ではない
政治家は言葉である
そして
言葉とは魂である

政治家の
魂や
言霊に
民衆の心が共鳴し
地鳴りのように
民衆が動いていく

小泉純一郎の演説がそうであった
ジョン・F・ケネディーの演説がそうであった
東国原英夫の演説がそうであった
バラック・フセイン・オバマの演説がそうであった

言葉とは
魂である

言葉が届かなきゃ
意味がない
シンプルな言葉で
みんなに
わかってもらえる
詩を書きたい

そんな
詩人に
ワタシハナリタイ

 

 

 

 

心の帰るところ・・・・

自分の私生活を
捨ててまで
机の下に寝たりして

毎日毎日
描いて描いて
来る日も来る日も
描いて描いて

どんな風に描けば
みんなが元気になって
なってくれるか
考えて考えて考えて

今の時代を敏感に感じ
どういう作品になるか
到達地点は見えないが
乙事主のように最後の
気力を振り絞り
今この時代に生きる人間たちへの
メッセージを描いたり
色々な戦いをしてきて
そこらじゅう傷だらけだけど

それでも最期は
自分が本当に描きたかった
心の故郷に帰っていくような

「ポニョかわいいね
 宗介えらいねっていう
 映画をつくりたいんですよ。」

その気持ちだけで
十分のような
気がしました

最期は自分のために
一番好きな映画を
つくりたいような

そう
心が帰っていく場所に
近づいていくような・・・・

 

 

 

ベンジャミン・シーゲル

ベンジャミン・シーゲルという
男がいた

彼の職業は
マフィアだった

彼の人生は
メジャースタジオで
映画にもなった

ただタイトルは
彼自身が
一番嫌う呼び名だったから
故人への敬意を示し
あえてここで
書く必要もないだろう

彼は
ラスベガスを
創った男として
知られている
映画でも
そう描いていた

ただ彼が
描いていたのは
形としての
建物ではなく

仕事のことも
家庭のことも
なにもかも
忘れられる
そんな夢を
彼は創った

彼には
心から愛する
女性が
一人だけいた

そして
自分の全ての
夢があった

彼の夢は
今も
生きつづけている・・・・

そして
彼の魂も
今も
生きつづけている・・・・

 

 

 

 

映画への敬意

毎年アカデミー賞で
楽しみなのが
スピーチです

メモを読まない
スピーチには
受賞者本人の心の核が表れ

うまくても
へたでも
そんなものは関係なく
受賞者自らの生の言葉で
発しているのであれば
その心に共鳴し
全世界の人々が
感動すると思います

今年はどのスピーチも
心に届く言葉がない
初めての年だったのですが

エンリオ・モリコーネが
アカデミー名誉賞を贈られた時の
彼の舞台上での
心や態度に
深い感銘を受けました

彼が作曲を手掛けた
「ニュー・シネマ・パラダイス」や
「バグジー」
「マレーナ」などの映像が流れ
クリントン・イーストウットのスピーチと
全観客からの
スタンディングオベーションと
会場が割れんばかりの
大拍手で迎えられると

彼は
しばらくの間
真っ直ぐに腕を伸ばし
オスカー像を
天に掲げ

それから
舞台上で
長い時間
深々と
頭を下げました

この
永遠にも感じた
時の流れは

マエストロが
映画という
芸術に対して
自分の全人生を
捧げるている現われで

その態度にこの星の
映画に携わる全ての人々や
映画芸術に憧れて
これからその世界に入りたいと願う
志ある若者や

そして
なにより
映画を愛する
全世界の観客の心に
彼の心が届どき
一つになった光景でした

それは
言葉では
ありませんでした

微動だにしない
彼の姿の中に
言葉を超えた

芸術の神様に対しての
感謝と
敬意を
感じました

 

 

 

崖の上のポニョのドキュメンタリー

恐かった

ドキドキした

でも
うれしかった

それが
宮崎駿さんと言う人間の
本質であろうことは
受け手側も本能的に
察知していたから
うれしかった

銀幕の外の
安全地帯にいる人間に
先生の狂気が一瞬でも
サブミナルのように
観られたことを
幸福に感じた

なぜ
幸福だって

それは
自分が創造していく時の
ごはんになるから

頭の中でゴチャゴチャしている
得体の知らない毛玉の糸を
一本一本整理していって

気力と体力を振り絞り
自分が生きている存在価値も賭け
心の深層心理まで到達し
宇宙と直結している
魂の核に触ることができたならば
自分でもビックリするような
作品に釜変する

ものを創ろうとする
向上の芽が生える
その向上心と同時に
真っ当な反作用で
人間は怠けようとする
人間は都合のいいように
まとめようと
近道をしようとする
そんな前提がある

誰だって
自分の深層心理にまで到達するには
しんどいに決まっている
だけどそこまでやんなきゃ
他人の心は動かないことも
屈辱的な経験から
骨身に染みてわかっている

なぜものを創ろうとするのかって
それはごはんを食べるのと一緒
ごく自然なことだから

恐かった

ドキドキした

でも
ごちそうであった

何度も
おかわりをして
味わっていきたいと思った

 

 

 

 

 

血を継ぐ者

松田美由紀さんが
テレビのインタビューで
こんなことをおっしゃってました

インタビュアー「優作さんが生きてらっしゃったら
        息子さん達が、役者になるってことを、
        どう思っていたでしょうね?。」
美由紀さん  「例えば憧れの役者さんは
        お父さんですか?と言われたら
        殴りたくなるぐらいに
        思ってるんじゃないですかね。
        息子たちは
        なんか、わかります?」
インタビュアー「思いが違うってことですよね。」
美由紀さん  「思いが本当に違うと思うんですよね
        絶対に言わさないんですよね逆に
        話題にさせない。」
インタビュアー「お父さんを?。」
美由紀さん  「それだけ
        自分の心の中に
        彼らにとっては
        凄く大事なものなんじゃないかな
        例えば第三者の人がいる時に
        主人の話しをすると
        もう怒られますね。」
インタビュアー「えっ、なんでですか?。」
美由紀さん  「分からない人間の前でしゃべるなと。」
インタビュアー「その人に話しても
        この人は理解してないよと。」
美由紀さん  「そうそうそう、
        社交辞令でしゃべるなみたいな事を
        凄く怒られます。」

龍平さんも
翔太さんも
インタビューで
父について
答えることはないだろう

ただ彼らは
演技という
自分達の
表現手段を通して

父に対する
自分達の思いを
表現していくだろう

龍平さんは
nhkのドラマで
父を自殺で亡くした
息子の役を演じていた

その役の中で
父の死について問われ
「あいつに、何がわかるんだよ。」と
セリフの中で発言していた

そのセルフの中には
今まで自分達が
考え抜いてきた
父への思いや
お前に何がわかるんだと言う
冷たく燃え上がる
怒りも込められていた

そして
彼の瞳は
寂しく
強く

父の意志を
確実に継いでいた

 

 

 

 

 

大石内蔵助良雄

桜の季節が
やって来ると
思うことがあります

桜の花自体が
美しいというよりも
桜が作り出す情景を
美しいと思う心を
日本人が
持っているから
桜を美しいと
思うのではないかと・・・・

そして
その情景とは
桜のはかない
散りざまです

サラサラ
サラサラ
散っていく
さまを見ていて
感じるのは
人間としての散り際です

人間の散り際を考える時
歴史上これ以上ない
あっぱれで
見事な散り際を見せてくれたのが
大石内蔵助良雄です

その理由は
内蔵助が残した
辞世の句に全て込められています

あら楽し 思いは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし

この句は
内蔵助の性格もその時の心境も
全て言い放っている
素晴らしく清々しい句です

まず出だしの
「あら楽し」に内蔵助の
楽観的で大きな心を持った性格が身染みでています

後生に生まれた人間は
忠臣蔵の結末がわかってからの
歴史の検証で
それを読んで内蔵助の事を
わかったような気になっていますが

当時の内蔵助の心情たるや
どっちにも転ぶ可能性がある
気まぐれで流動的な未来を相手に
細心の注意と
どんな犠牲を払ってでも
この討ち入りだけは成功させるんだと言う
強い信念の柱だけで生きていた
内蔵助の内心たるや
どんなに辛く
どんなに孤独な
緊張の日々の連続だったことでしょう

まずが内蔵助が考えたのは
どうすれば藩の再興がなし得るか
幾度にも及ぶ幕府への嘆願の末
それが叶わぬと悟った後

では
いかにすれば
主君の仇を討つことができるか
どんなことがらも
必ず成功へと続く道はあるんだと思う
信念に従って
考えに考えた末
やっと見つけた
討ち入り成功へと導く
一本の細い道
それでも気まぐれな未来は
まだまだ流動的

その細い道をどんな手段をつかってでも
渡り切ってみせるんだという
精神の緊張の限界を味わってきた内蔵助
そして念願通り本懐を遂げ
後はもうなんも言うことはない

わっはっはっは
わっはっはっは
わっはっはっは
わっはっはっはと言わんばかりに
まっ青に晴れ渡った
青空のような
清々しい句

これほどまでに
人間の
生に対して
業に対して
一切の未練など
入る隙を与えないで
見事に
散って逝った人間が
いるでしょうか

大石内蔵助良雄
彼は
凄い男です

 

 

 

 

あしたのジョー

ふと
ジョーの
ラストシーンの
カットを見た

子供の頃
ジョーは
リングの上で
死んだと思っていたが

今見たら
ジョーは
微笑んで見えた

一枚の絵だから
それを感じる
こっちの心が
変わったのだろう

やっぱり
人間には
生きていてほしい

かっこわるくても
みじめでも

 

 

 

 

ステップアップ

人間がステップアップする時って
なだらかな坂道のように
ゆっくりと上がるんじゃなく

人間が本来授かっている
向上心や野心のエネルギーが沸騰点へと達し
ある種の結果を残すと
階段の段のように
いきなりグンと
スッテプアップして
次の場が用意されて
またそこで
自分を試すチャンスを与えられる
そんな気がします

映画を観ていて楽しいのは
一人の優れた芸術家が
ステップアップした
その瞬間を
観られることです

そのステップアップとは
映画全体で1ステップ上がるのではなく
1シーンいや
素晴らしい1カットで
グンと上がっていきます

例えば【羊たちの沈黙】でジョディー・フォスターと
アンソニー・ホプキンスが最後に会話するシーンで
ジョディー・フォスターのアップになるシーン
あの時の彼女の表情
特に瞳の微かな動きなど
アッこの瞬間に
いったなと思った瞬間でした

【フィラデルフィア】のトム・ハンクスが
デンゼル・ワシントンの法律事務所から出てきて
スプリングスティーンの歌が流れ
エイズ患者が世間の
冷たい態度に我慢していたが耐えきれず
思わず涙がこぼれ落ちるシーンも
ありがとうございますと
頭を垂れたくなるような
素晴らしい芸術的な表現で

【グローリー】のデンゼル・ワシントンが
最後の決戦を前にぐっと砂丘にしゃがみ込み
自軍の司令官が敵の銃弾に倒れ
自分が死んでも
敵に立ち向かっていくという決意をした瞬間の
決意の瞳など

みなその功績がアカデミー賞
受賞という結果として評価され
次の場を用意してもらえる
チャンスを与えてもらっています

人間のエネルギーは
溜まって溜まって大爆発するもので
そのエネルギーをいかに漏らさないで
自分が前に進んで行く
推進エネルギーへと
上手に転換していけるか

全ての生物にはエネルギーがあって
それは無限ではなく有限で
若い時は
その膨大なエネルギーの方向性がわからなくて
悩んだり
傷ついたり
必要以上に落ち込んだりするけれど

大人になるということは
そんな訳のわからない
色々な葛藤とうまくつき合っていく
術を経験で学んでいくことで

そうすることによって
自分の中にいる
怪物とうまくつき合っていけることが
できるのだと思います