アメリカのテレビドラマについて

最近のアメリカのテレビドラマには勢いがある
レッドソックスのように勢いがある
【カノッサの屈辱】や【カルトQ】を生み出していた
一時期のフジの深夜枠のように
制作者自身が面白いと思える作品を創ろうとワクワクやっている
そのワクワク感がこっちにも伝わってくるから面白い

しかしそれだけに競争も激しく
大河のように
石の上にも一年なんて大名商売は通用しないで
視聴率が悪けりゃ4話で
さっさと打ち切りなんていうシリーズもあった
その緊張感の中から
面白い作品が生まれてくる

その中でも【24】は
テレビドラマに新しいコンセプトを打ち出した
それはただ観るという受け身の姿勢ではなく
体感させるという行為だ

最近のヒット商品には
この体感させる商品が多い
【バーガーキング】の【ワッパー】や
【マック】の【メガマック】や
【すき家】の【メガ牛丼】などは
食欲を満たすという行為の後に
その行為を誰かに話したくなるという心理を
うまくくすぐった商品で
やがてそれが口コミとなり
ヒット商品へとにつながっていったのである

普通の人はギャル曽根のように
大食いにチャレンジすることはできない
しかし我々の祖先がマンモスの肉を喰いちぎっていた時代から
食べ物を思っきり食べたいという本能は
脈々と遺伝子の中に遺伝子情報として受け継がれている
その本能をうまいように叶えてあげているのが
体感する商品たちである

その例に漏れず【24】もフジの深夜からの
口コミで広まった
それはやがて【24】を時間通りに24時間観る
イベントに発展したり
友達同士で24時間観る
プチイベントに発展したり
テレビをただ観せられるのではなく
視聴者が立ち上がった体感に変化した
まさに【Wii】である

そして【24】を観ていてうれしいのは
贅沢に【フィルム】で撮っていることである
最近では本家ハリウッドのメジャースタジオでも
フィルムを使用しない作品が多いご時世で
全てのキャメラをフィルムで回していることがうれしい

夢の世界にどっぷりとはまりたいと思っているのに
ハイビジョンなんかで役者の毛穴まで観えたんじゃ冷めちまう
夢の世界は全部観えないぐらいがちょうどよくて
フィルターは銀幕のエチケットです

しかしこれもヒットしすぎた故の悲劇でしょうか
【24】にも映画の企画が進められていて
今は脚本のリライトが進行しています
【24】が映画になったら
ヒットするか?
コケるか?
これはコケるでしょうね
なぜなら一番の売りであるである
体感ができないからです
永遠に発射しないジェットコースターに
乗せられているようなもんで
劇場を出た後に
なんか物足りない感情だけが残るでしょう

以前ジョニー・デップ主演のリアルタイム映画で
【ニック・オブ・タイム】というのがありました
結果は大コケです
そうなんです
観客は劇場の銀幕には
体感を求めてないのです

観客は映画に魔法を求めて
暗闇へと引き寄せられるのです
魔法にかかりたいが為に
お金と時間を費やしてでも
暗闇に引き寄せられるのです

テレビドラマがヒットすると
すぐに映画化ということになりますが
ではそれは
どういうことなのか
次ぎはそのお話しをしたいと思います




映画について
     
最近の日本の映画の傾向をみていて思うのですが
テレビドラマを映画にするのが余りにも多すぎる
制作するテレビ局としてはドラマを観ていた視聴者が
そのまま在る程度の観客数として見込めるし
自社のcm枠や番組内で宣伝すれは宣伝費を押さえることができるという
大きなメリットはあります

しかしそのメリットだけを最優先に考え
リスクを取りたがらない
ふぬけなプロデューサーが多すぎるから
安易なテレビ映画ばっかが雑草のように出てくるのです

テレビドラマに比べて
豪華なスペシャルゲストを迎えて
豪華なセットを組んで
ロケ地も豪華にして
予算も多くして
テレビ局はどうだぁ豪華だろう
これが映画だろうと
たかをくくっているかもしれないが

それが
ダメなんです

それだから
ダメなんです

そのフィルムの束は
【まずいスペシャル・幕の内弁当】でしかないのです

映画とは全くその逆で
全部そろっているから
映画として成立しないんです

ピーターパンの
ティンカーベルのキラキラした魔法の粉が
ふりかけられないんです

機械は理屈という
つまんないプログラムでしか動きません
しかし赤い血が通った
人間は理屈なんかじゃ感動しません

芸術の神様は愚かな人間が
机上の論理だけで考えた
こんな感じのものが観客には受けるだろうと
たかをくくった瞬間いなくなります

豪華な俳優や豪華なセットの
スペシャルトッピングをいくら重ねていっても
それは【まずいスペシャル・幕の内弁当】でしかなく
そんな弁当は期限が切れたら冷めて捨てられるだけの運命で
銀幕の映画の世界には
到底入っていけない
哀れなコンビニ弁当で終わるのです

しかも罪が大き過ぎて
まずいコンビニ弁当ばっか喰わされている子供たちは
感動を感じることができない心になって
ゆがんだ心のまま大人へと成長していって
ゆくゆくは日本の映画界の衰退へとつながっていくのです

テレビドラマはい次映画みたいな
工場のベルトコンベアのような発想で
映画を作っているということは
どうせ観客もこの程度だろうと
観客をバカにしているということです

映画はさばの味噌煮の缶詰じゃありません
そういう缶詰映画ばっかを作っていると
やがて観客にそっぱを向かれるだけでしょう

日本のボクシング界の人気が低迷した時期に
日本ボクシングコミッションは
亀田家に魂を売りました
誇りもない
志もない
なんにもない
ひがみと妬み(ねたみ)と嫉み(そねみ)の塊のおやじと
そんな父親を反面教師にすることなく
ただただ洗脳されていった息子達の
ミニカルト集団を利用して
人気向上をはかろうとしたのですが
結果はあのようなぶざまな有様です

日本相撲協会も
一人横綱の朝青龍に人気回復を賭けたのですが
本人の心の中が
「勝ちゃぁ、なんでもいいんだろう。」という
余りにも粗暴な心だったので
こちらも同じくあのような有様です

全ては因果応報です

今日本の映画界は一見
観客動員数が多いように思われますが
その実情はテレビ映画という
亀田家や朝青龍のような
耐震偽造を利用しているだけで
質の向上をしていないのです

以前テレビ局の制作した映画にも
【南極物語】のように
素晴らしい感動を与えてくれた映画がありました
ヴァンゲリスの音楽と
高倉健さんの存在感には
ティンカーベルの魔法の粉がふりかけられていました

ですから
【まずいスペシャル・幕の内弁当】ばっか作らず
もっと真摯に映画とは何かという
原点から考えてみてはどうでしょうか

そうじゃなきゃ
誇り高い映画界が
【まずい幕の内弁当】だらけに
なっちゃいます

映画には人間の演技が必要です
演技論についてはまた次ということで・・・・・・・