笑いすぎると涙がでてくる・・・・

ゆるやかな知り合いの
お父さまが
亡くなられたと
人づてに聞きました

知り合いは
実家がある
沖縄の小さな島に帰り
実家で営んでいる
さとうきび畑を
耕すらしいです

あぁ〜
そういう
宿命もあるのかと

真夜中に
ふと
考えるでもなく
考えました・・・・

そう思ったら
なんとなく
さとうきび畑の
リズムが
流れてきました

ざわわ・・・

ざわわ・・・・

あのドラマは
印象に残っています
ストーリーよりも
明石家さんまさんという
キャスティングが
印象に残っています

物語の最後にやって来る
戦争の悲惨さを訴える
主人公の死を
より際だたせて
よりインパクトを与えるには
どうしても
落差が必要です

その意味では
明るいさんまさんが
暗い戦争で
無惨に死んでいく

これほど
インパクトがある
落差はないでしょう

彼の座右の銘は
「生きてるだけで丸もうけ。」です
この言葉は彼の生き方の
根底に流れている人生哲学です

そこから
自分の娘さんにも
`いまる`さんという名を
付けました

しかし彼は
自分の人生哲学を公で話すことは
自分のお笑い哲学に
反するので
絶対にしません

ですが根底には
そのような強い
人生哲学が流れています

そういった意味でも
このキャスティングは
完璧だったと思いました

そしてこの他にもう一つだけ
この種のキャスティングがあります

名作【私は貝になりたい】です

これも同じく
主役はコメディアンの
フランキー堺さんです

この映画は
徴兵制で戦争に取られた
家族を愛する床屋さんが
戦場でのある事件の
戦争責任を取らされて
最後に絞首刑になるという物語です

【七人の侍】の脚本家である
偉大なる脚本家
橋本忍先生が
脚本と監督を担当しました

主人公の最後の台詞があまりにも
強烈で素晴らしいので
ここに書きたいと思います

「ふさえ、賢一さようなら
 お父さんは二時間ほどしたら
 遠い遠い所に逝ってしまいます。

 もう一度会いたい
 もい一度暮らしたい・・・・・

 お父さんは
 生まれ変わっても
 人間にはなりたくありません。

 人間なんて嫌だ。

 もしも生まれ変わっても
 牛か馬の方がいい
 いや牛か馬ならまた人間に
 ひどい目に遭わされる。

 どうしても
 生まれ変わらなければ
 ならないのなら
 いっそ深い海の底の貝にでも・・・・・

 そうだ!
 貝がいい

 貝だったら深い海の底で
 へばりついていればいいから
 何の心配もありません。

 深い海の底だったら戦争もない
 兵隊に取られることもない
 ふさえや賢一の事を心配することもない

 どうしても
 生まれ変わらなければ
 ならないのなら

 私は貝になりたい・・・・・・・。」

彼は
そう言って
絶命して
逝きます

他に
書きたいことが
ありましたが
これで止めます・・・・・

 

 

 

 


 仔馬

仔馬は
生まれた瞬間に
立ち上がろうとします

そう
あの
細い
細い
足で

ヨロ・・・・
・・ヨロ・・・・・

・ヨロ・・
・・・・ヨロ・・・・

しながらも
一生懸命に
立ち上がろうとします

それは
立ち上がるのが
馬だからです

そして
考えてみたら
僕たちも
あの
仔馬と
一緒じゃないでしょうか

まだ
一生懸命に
立ち上がっちゃいない

まだ
一生懸命に
生きちゃいない

まだ
一生懸命に
自分になっちゃいない

自分になろうと
立ち上がるが
転んだり
ひっくり返ったり
ぶざまに
落っこたりの
くりかえし

それでも

それでも

一生懸命に
あの仔馬のように

ヨロ・・・・
・・ヨロ・・・・・と

・ヨロ・・
・・・・ヨロ・・・・と

立ち上がろうとする

僕らは
仔馬

明日も
あさっても
生きてる限り

立ち上がろうとする
仔馬


 



 ビビッてんじゃねぇ

神経質過ぎる日本では
食の安全
食の安全と
PTAのババァみたいに
わめいているが

俺に言わせれば
ビビッてんじゃねぇと
言いたい

別に
拾い喰いや
泥水をすすって
生きてるわけじゃ
ねぇんだから

どんなに
高い金を払って
いい物を
喰っていても

いち
いち
細かいことを
気にしていたんじゃ

自分の身体が
吸収する
栄養源も
微々たる物になっちまう

そんな
ちっちゃなことよりも
一番
大切なことは

どんなものを
喰ったって
その喰い物を
自分の身体の中に
入れる瞬間に

太陽のような
海のような
地球のような
この銀河のような

でっかな
でっかな
最高級の栄養源に
作り替えてやるんだという
気概を持つことだよ

俺は
いままで
そうやって
飯を喰ってきて
10年以上
病気も
風邪も
引いたことがない

ようは
自分を信じる
心よ

自分の可能性を
信じる
魂よ

誰の身体でもない
一生仲良くしていく
自分の身体なんだから

病気をしたら
一番辛いのは
自分自身なんだから

自分の身体は
自分の内側から
作り変えていかなきゃ

占いや
邪教や
前世や
生まれ変わりだけを
盲目的に
信じるんじゃなく

人間には
DNAという
太古の人類から
引き継いでいる
確固たる事実がある

ある時代の
人類が掛けても
絶対に成立しない
脈々と引き継がれている
人類の宝である

その
DNAの中には
原始時代の
我々の
ご祖先様が

サーベルタイガーや
凶暴な肉食獣や
異常気象から
生き抜いてきて

生き抜く本能が
天まで
突き刺さっていた
時代の遺伝子も
含まれている

それこそが
まさに
スーパーDNAである

俺は
よくこの
スーパーDNAに話しかけて
よろしくお願いしますと
念じている

もちろん
現代人も
みなこの
スーパーDNAを
授かっている

だったら
その最強の
スーパーDNAを
使わなきゃ
損だ

こんな
おいしい
スーパーDNAを
眠らせておくのは
もったいない

自分の
60億の細胞の中の
眠っている
スーパーDNAは

自分で
叩き起こして
やんなきゃ

てめぇら
さっさと
Wake Upしろってね

      義明

 

 

 

 


 命の刻印

ジョン・F・ケネディと
ジミー・カーターの
どちらの大統領が
印象に残っているかと訊けば

カーターの生まれ故郷の
ジョージアでも
ケネディという
答えが返ってくるでしょう

それだけ
ケネディは
人々の心に残っています

ではなぜ
ケネディは
それほどまでに
人々の心に残っているのでしょう

キューバ危機を回避し
第三次世界大戦を
起こさなかったからでしょうか
はたまた
ニューフロンティアを説いた
歴史的なスピーチをしたからでしょうか

いや
いや
違うでしょう

答えは
暗殺されたからだです

暗殺されたことが
人々の心に
強烈な印象という
刻印を押したのだと思います

そして
その反面
彼の偉業も
光り出しました

人々は
その光りを見て
人類は本来
こっちの道を
進むべきであるという事を
認識するのです

時に
神や
歴史は
そのような
行為をするのではないでしょうか

2000年前
一人のユダヤの青年が
この地上に現われました

彼は仲間に裏切られ
人類の全ての罪を負わされ
そして自らの命を奪われました

それから
2000年後
自分とヨーコの愛を通して
世界中の人々に愛を歌った
JONもファンという
仲間に暗殺され
その命を奪われました

二人とも
その壮絶な死と
引き換えに
人々の心に
彼らの
愛の精神が
焼き付いたのではないでしょうか

その愛の元
人々は
愛がどれだけ大切かを
認識したのでは
ないでしょうか

そして
芸儒の世界でも
そのような
烙印を押された
人がいます

彼は自らの耳を
切ったなどの話しが残り
最後は自分の胸に銃口を向け
暗い屋根裏部屋で
ひっそりと息を引き取りました

しかし
そのような
壮絶な死の反面
彼の描いた絵は
強烈な光りと共に
永遠に
輝きだしました

彼は
自らの命の絵の具を
執念で
キャンパスに
何度も
何度も
塗りたぎって
いたのではないでしょうか

オリジナルを直接見ると
何度も
何度も
命を塗りたぎった後が
壮絶なまでに
残っています

その塗りたぎりは
そのまま
彼の命でもありました

そして
その命が
沈む時
彼の寿命も
尽きたのです

しかし
その瞬間
もう一つの
彼の作品という
沈まない太陽が

ぐんぐん
ぐんぐん
宇宙のてっぺんまで
銀河のてっぺんまで
昇りはじめたのです

ヴィンセント・ファン・ゴッホ
彼の人生は
もがき苦しむような葛藤と
心の中の怪物との
戦いの日々だったと思います

世間からは見放され
家族からも理解されず
この世の
唯一の理解者は
弟のテオだけでした

そんな弟も
兄の後を追うように
その半年後に
逝きます

彼らは
今なにを
やっているのでしょう

きっと
あの
くったくのない
ひまわりのような
笑顔で

兄弟仲良く
遊んでいるのでは
ないでしょうか

そう
あの
オーベールの地で・・・・・



 

 

 

 

 

じゃ人間はなんのために生きてんだぁ



じゃ人間はなんのために生きてんだぁ

じゃ人間はなんのために生まれてきたんだぁ

じゃあなたはなんのために生きてんだぁ

じゃ俺はなんのために生きてんだぁ


人間は
ただ飯喰って
くそして
寝る
サイクルをするために
生まれてきたんじゃねぇだろ

生まれてすぐに
亡くなってしまう子がいるのに
俺たちは
この年まで
生きている

生かしてもらっているんじゃなくて
肯定的に
生きまくっている

生きて
生きて
生きまくっている

じゃ人間はなんのために生きてんだぁ
それは
やっぱし
自分が自分になるために
生きてんじゃないのか

なんにも無い
広大な大地みたいな
心から
みんな
それぞれの
お母さんが
一生懸命に
汗水たらして
苦しんで産んでくれて

自分の子供に
数多くの
チャンスに
チャレンジする
機会を
与えてくれたんじゃないのか

じゃ人間はなんのために生きてんだぁ
それは
自分が
自分になるために
生きてんだぁ

いつの日か
自分になるために
生きてんだぁ

        義明

 

 


 

 

 

 

届かない星

色々あるけれど
君のその
優しい微笑みだけで
いいんじゃないかなぁ

君のその
微笑みだけで
きっと誰かが
ほっかりした
あたたかい気持ちに
なっているんじゃないかなぁ

そんなことを
母の広くて
深い海のような
微笑みが語ってくれている
ような気がしました・・・・

僕は
微笑んでいたい

できれば
いつでも優しく
微笑んでいたい

そんな詩を
いつの日にか書きたい

草や花や木や月の声が
聞こえなくなるまで
一生懸命
心を込めて書きたい

みんなが
元気になるような
みんなが
微笑んでくれるような
みんなに
勇気を与えられるような
そんな
詩を書きつづけたい

お母さん
元気ですか?

今日は
あなたが僕を
生んでくれた日です

愛や
優しさや
思いやりの
贈り物を
たくさん
たくさん
くれた日です

僕は
感謝しても
感謝しても
しきれない春です

夜空を見上げれば
今でも
心が一緒になれます

すぅーと
目を閉じれば
大きな銀河の
いっこの
星になっても

微笑んでくれている
お母さんの姿が
目に浮かびます

僕の月には
もう一片の涙も
懸かっていません

微笑み星さんよ
あなたの
息子は
元気です

いっぱい
いっぱい
元気です

十年以上も
風邪一つひかない
丈夫な
丈夫な
身体を
ありがとうです

さぁ
一緒に
踊りましょう

微笑み星の
息子としての
誇りを胸に
前に進んで行きたい

微笑み星に
いつの日かまた
逢えると信じて
前に進んで行きたい

だから
微笑み星は
僕の誇り星

かわいい
かわいい
可憐な星

僕が
守ってあげるから
心配しなくていいんだよ

微笑み星は
銀河の空で
いっとう
いっとう
光り輝く
僕の一番星

僕の心の
大きな銀河の中でも
いっとう
いっとう
光り輝く
僕の一番星

手が届きそうで
届かない
光り輝く
僕の一等星
 
     酒井義明

 

 


 

 

 

 

ヴィンセントの猫

夜中の道に
車に潰された
一匹の
猫がいた

全ての
生きてる生命は
本能的に
死を恐れるから
不快な思いをするのは
当たり前田のクラッカーなのだが

俺は
そういう時
あぁ〜
こいつは
後悔なんか
一つも
してないなぁと思う

のら猫は
過酷な自然環境と
猫社会における
厳しいルールと
厳格なテリトリーの中で
激しい生存競争を
繰り広げて生き抜いている

ただ自分のテリトリーを
制圧した
気骨ある雄猫は
自分の世界を広げるため

車が
ビュン
ビュン
通っている道路だって
へっちゃらで
渡ろうとする

そう
己の可能性を広げ
己の勇気を
試すためである

たまたま車に
ひかれて 死んだのは
その時や
その時代の結果であって

生きてるってことは
いちいち
結果を気にして
ビビっていたんじゃ
何にも
はじまんねぇ

結果よりも
何をやろうとしたかが
一番大切で
その精神が
ビックバンしたり
スパークする
過程や
瞬間が
生命の
崇高なものなんだ

だから
のら猫の
俺はやったるんだぁ
俺は渡ろうとしたんだぁ
という精神は
決して
死んでないし

それどころか
その精神は
猫でも
人間でも
永遠に
キラキラと
キラキラと
眩しいぐらいに
光りつづけている

お前らみたいに
人間の飼い猫のまま
生きてても
意味がねぇだろ

お前らみたいに
決まった時間に
餌をもらって
誰かにこび売って
ぬるま湯の中で
ぬく
ぬく
生きてても
生きてる
意味がねぇだろ
生きてる
屍だろ

生きてる醍醐味も
自分の生きる気力も
能力も
可能性も
伸ばすことは
できないだろう

俺は
俺の道を
突き進んで
生き抜いたんだぁ

笑いたければ
笑えばいい

ただ
俺は
やることは
やったんだぁ

やることは
やったんだぁ

俺は
一瞬という
永遠を
生き抜いたんだぁ

という
叫びが聴こえてくる

そしてそれは
そのまま

ヴィンセント・ファン・ゴッホの
誇り高き
魂の叫びでもあるし

彼が
描こうとした
精神は

永遠に
永遠に
強烈に
光りつづけている
         
        義明

 

 

 


 

 

銀河のちりになって欲しい唯一の言葉

人の手は
人をぶん殴る
道具にもなれば

幼い子の
あたまを
いぃ子
いぃ子してあげて

その子の
可能性や
未来や
夢を

ぐんぐん
ぐんぐん
竹の子のように
ぐんぐん
ぐんぐん

夢の扉まで
伸ばして
あげることも
できます

そして
手は
身体が
ご不自由な方の
手になることも
できます

それは
そのまま
言葉にも
いえます

不治の病といわれた方が
でっかい
おぉしゃんの
野生のイルカたちに
癒されて
元気になって

眠っていた
生きる勇気が
もりもり
もりもり
蘇ってきて
長生きしたという
話しはあります

その他にも
色々な病気が
色々なことによって
よくなったという
話しは
この世には
数え切れない程
たくさんあります

人間の
生きる可能性は
医者の
自分らの
小さな
ものさしだけで測った
言葉なんかでは
計り知れないものがあります

医者が言った
一言の言葉の
呪縛によって
精神的に弱りきって
肉体的に弱りきって

未来への
希望扉を
閉ざしかけている
人の心を
そうなるんじゃ
ないかという方向に
引っ張っていってる
言葉があります

命は
決して
余るものでは
ありません

尊厳ある
人間にも
命にも
失礼です

余命なんて
言葉
この世から
消えてなくなれ

銀河の
ちりになれ

尊厳ある
あなたの
命は
一秒も
余るもんじゃなく

この瞬間も
つぎの瞬間も
そのつぎの瞬間も

生きよう
生きようと
太陽以上に
燃えたぎってるんだぁ

尊厳ある
あなたの
命は
大宇宙の
ビックバンよりも

だい
だい
大爆発してるんだぁ

        義明


 



 

 

終わらない旅

ここに一枚の絵があります

そのモデルは
ジョコンダ夫人と
言われています

ですが
その先に
大きな何かが
隠されているのでは
ないでしょうか

彼の
絵には
全てに
うしろの正面があります

彼は生涯
3枚の絵を
手放しませんでした

スフマートという技法で
なんども
なんども
気の遠くなるほど
なんども
繊細に
薄く
描いていきました

彼は
なぜ
人生の最期まで
この絵に
こだわり
つづけたのでしょう
いや
描き続けたかったのでしょう

それは
きっと
この絵と
向き合っている時に

幼き頃
ビンチ村で
生き別れた
お母さんと
会っていたのでは
ないでしょうか

この絵と
向き合っている時だけは
お母さんに
抱かれているような
お母さんと
話しているような
そんな

あたたかい
母性に
海のように
優しく
包まれていたのでは
ないでしょうか

だから
彼は生涯
この絵だけは
手放さなかった
いや
どんなことがあっても
手放したくなかった

その絵は
お母さんや
彼自身だったと思います

彼の名は
レオナルド・ダ・ヴィンチ

彼は
モナリザという
微笑みを通して
全世界に
圧倒的な力で

母の愛を
訴えかけているのです

そう

この瞬間も


ここに一枚の草稿があります

なんども
なんども 書いては
その上から
ぼう線を引いて
また
書き直しています

その物語は
永遠に
終着駅まで
辿り着きませんでした

今も
銀河のどこかで
ジョバンニと
カンパネルラは
旅を
しているのでしょうか

なぜ
彼は
その旅を
最後まで
終わらせたく
なかったのでしょうか

彼は人生の
最期の瞬間まで
原稿用紙に
鉛筆を入れつづけ
書き直しを
くりかえし
くりかえし
しました

そう
この
美しくも
哀しい物語を・・・・・

でも
きっと
書いている時だけは
彼の最愛の人と
もう一度
会っていたのでは
ないでしょうか

彼の名は
宮沢賢治

「銀河鉄道の夜」は
彼の妹であり
この世での
彼の唯一の
理解者であった
妹・トシとの
終わらせたくない
永遠の旅だったのでは
ないでしょうか

ジョバンニは
少し不安そうな瞳で
カンパネルラに
話しかけます

「僕たちは
 どこまでも
 どこまでも
 一緒だよね・・・・・。」

でも
カンパネルラは
ただ車窓の外の
銀河の星々を
ぼぉ〜と
眺めるだけで
何も
答えようとしません

ジョバンニが
語りかけた言葉は
若くして
冥界へと
旅立って逝った
トシへの

賢治からの
願いの言葉
だったのでは
ないでしょうか

だけど
もうすでに
星になっている
トシは
銀河の星々を
ただ
ぼぉ〜と
眺めるだけ・・・・・

なぜなら
二人は
もうすでに
違う世界に
居るということを
トシは
わかっているのです

人間には
どうすることも
できない

どうすることも
できない
無情を
トシ自身が
哀しいぐらいに
一番
わかっているのです

それでも
賢治は
それを
認めたくない

トシと
いつまでも
いつまでも
一緒にいたかったし

賢治の心の中では
トシは
星になっていなかった

だから
原稿用紙の中では
トシは
活き活きと
生きつづけていたし

幼き頃
花巻の実家で
未来への不安など
なにんも考えないで
ただ
ただ
二人で楽しく
遊んでいた頃のまま
その時の
笑顔のまま
キラキラと
キラキラと
輝きつづけています


人は人の命を
もう一度
蘇らすことはできません

ですが
レオナルド・ダ・ヴィンチ先生や
宮沢賢治のような
優れた芸術家は
自身の心の
無垢で
純粋な
フィルターを通して

愛するものの
心を
永遠に
輝かせることが
できると思います

そう
終わらない
旅として・・・・・・         

        義明

        

 



 

大吉まで引け

すっころん
だって

かっこわるく
たって

わぁ
わぁ
泣いたって

たにんに
かけっこ
ぬかされたって

さか上がり
できなくたって

どしゃぶりに
ぬれたって

どんな
過去が
あったって

過去は
過去

人間が
生きるってことは
過去なんか
関係ないんだぁ
これからなんだぁ


この瞬間から
しかないんだぁ

たんぽぽの種
おぉぞら
いっぱい

たけの子
天まで
いっぱい

つくしの子
ぐんぐん
いっぱい

ざっ草
なにくそうぉ
いっぱい

ふんころがし
どっこいしょ
いっぱい

せみ
いまこの瞬間を
生きてんだぁ
いっぱい

海亀の子
つきすすむんだぁ
いっぱい

おーしゃん
あぁ生きててよかったぁ
いっぱい

宝石の原石
かのうせい
いっぱい

ひまわり
にっこり
いっぱい

赤ちゃん
すべてのキラキラが
いっぱい

こもれ日
希望
いっぱい

日の出
生まれ変わるんだぁ
いっぱい

太陽
よぉ〜しやったるぞぉ
いっぱい

お日さま
与えるものでも
与えられるものでもない
無償の愛
いっぱい

この星には
いのち
いっぱい

涙は
元気に変わる
いっぱい

しっぱいには
成功のたね
いっぱい

あなたには
かのうせい
いっぱい


いっぱい

叶うんだは
地球よりも
いっぱい

そして
あなたには

いっぱい

やさしさ
いっぱい

思いやり
いっぱい

大吉まで引け

あなたは
大吉まで
引けるから

この世に
生まれてきんだぁ 

       義明





 

【どうせ】が完敗した日

どんなに
世論調査で
リードしていても
人々の不安な深層心理では

どうせ
結局は
アフリカ系アメリカ人が
大統領になれっこないんだ
という意識が
支配していた

どうせ
ダメなんだ

どうせ
白人には
負けるんだ

どうせ
白人に
支配されるんだ

どうせ
この世は
白人が
あやつってるんだ

どうせ
ブラッドリー効果に
なっちまうんだ

その意識と直結して
どうせ
自分の
夢が
叶うはずがないんだ

どうせ
自分なんか
ダメなんだ

どうせ
未来なんか
暗いんだ

どうせ・・・・

どうせ・・・・

この世は
どうせという
自己否定的な意識が
支配していて

誰かが作った
わけのわからん
どうせという呪縛に
心優しく
純粋な人々は
がんじがらめに
されていた

そう
あの日までは・・・・

バラク・オバマ大統領も
人の子だから
この長い長い
キャンペーン期間中
この道の続きを
突き進んで行けるのか
それとも
断崖絶壁の奈落の底へと
真っ逆さまに
突き落とされるのか

どっちに転んでも
おかしくない
人生のエッジが
何度も
何度も
訪れたと思う

ヒラリーとの
ニューハンプシャー州の予備選の時
世論調査では
大きくリードしていたのに
まさかの敗北を期した時など
エッジは色々とあったが

しかし
このキャンペーンの
最大のエッジは
ジェレマイア・ライト牧師との
関係性を問われた時だと思う

ライト牧師は
過激な人種差別主義者であると共に
オバマ氏が長年通っていた教会の牧師で
その教会で自身の結婚式や
娘の洗礼式も行ない
オバマ氏にとっては精神的な師とも
言えるような存在だった

共和党はもちろんその関係性を攻撃し
右派のラジオコメンテーターは
ここぞとばかりに集中砲火し
ヒラリーも愛国心を疑う発言をし

国民もバラク・オバマとは
いったいどういう奴なんだ
本当は人種の分断を
企んでいる奴なんじゃないかと
懐疑的になった

しかし
バラク・オバマ氏は
ここで
人生最大の大勝負をする

221年前
アメリカ独立宣言が起草された
フィラデルフィアの
その地で
2008年3月18日
[ A More Perfect Unoion ]という
人生最大のスピーチを行なう

人種と政治
人種と歴史
そして
人種と未来

オバマ氏は
魂を裸にして
強烈に訴えた

ここで
訴えなければ
ならなかった

ここで
戦わなければ
生まれてきた意味が
ないと思った

この言葉を
言うために
自分が
この星に
生まれてきたんだと思った

そして
そのスピーチは
完璧だった

あまりにも
完璧だった

人々の
魂を震わし
そして
完全に掴んだ

その後も
紆余曲折はあったが
天王山の決戦へと
一気に突き進んでいった

銀河系の
この美しい
星における
11月5日の朝は
なにげない
いつもの朝では
なかった

人々の心は
どこまでも
どこまでも
晴れわたっていた

シカゴの街頭では
寒さも気にせず
新聞を買う
長い列ができ

その一面には
彼の笑顔と
二文字の
単語だけが
でかでかと
印刷されていた

Mr.
President

この世の
価値観も
人類の歴史も
何もかも
変わった日だった

どうせという呪縛が
完膚無きまでに
打ちのめされた
日だった

そして
次は
あなた自身が
自分の
どうせを
打ちのめす番だ

バラクは

「あなたには
 それが
 出来るんだよと。」

さわやかに
微笑んでいた






 

書きたい季節

128億期の
江戸のお花の
同級生の桜から
いつも

「早く
 その白い塔から
 降りて来いと。」
言われていた

そんな
カッコイイ所に
住んでるわけじゃないが

精神は
自分でも
気づかないうちに
カッコつけていた

ただ
今は
書きたい季節である

やっと
訪れた
春である

友よ
ありがとう

そして
若くして
星になった

我が唯一の
理解者も
きっと

星になって
銀河の上から
喜んで
くれているだろう・・・・・
         
            義明

 


 

 

鈍感魂

俺がガキの頃
【快獣ブースカ】という
実写の子供番組があった

ブースカは
パンダみたいなもので
ブースカを作ったのは
小学生の少年で

その
ブースカの大好物が
ラーメン20杯だった

ちなみに
テレ東の【元祖・大食い選手権】の
最終決戦の
ラーメンの記録が
23杯だから
奴らは全員
人間版・ブースカなのだぁ〜〜

どうりで
あの胃袋は
人間じゃねぇと思ったよ

話しは
脱線ゲームしちゃったが
その
食べ物には
めっぽう目がない
ブースカが

自分を作ってくれた
少年の小学校の遠足で
みんなのお弁当を
平気な顔で
ペロっと
喰っちゃった

あぁ〜
おいしかった
みたいな
晴れやかな顔で

そりゃぁ
少年は
ゲキドるけど
ブースカは

シオシオのパァ〜〜〜〜

とか言って
一向に反省の余地なし
どころか
まったく
気にしていない

でも
これって
凄いなぁと思った

この
恐るべし
鈍感魂

生きていれば
なにがしら
嫌なことがあったり
うまく
いかないこともあるが

あんまり
深く考えないってことも
必要なんじゃないかなぁ〜と
超楽観主義の
ブースカを観てて思ったよ

いつも
素敵な笑顔で
他人に接していて

他人もそうしてくれると
思っているが
理不尽な世間は
そうじゃない

それでも
前向きに
謙虚に
下向きに
がんばって
いこうとしている

心優しいが
傷つきやすい
繊細な
あなたも

時には
シオシオのパァ〜〜〜〜で
いきやしょう

ラーメン
20杯
喰う必要は
ないからね

 

 



クリントはまだ飛べる

携帯を買った
衝動買いだった
別に前の機種が
飽きたわけじゃなかった

そうしたら
前の機種が
怒り気味に
話しかけてきた

おい
おいらは
まだ
まだ
いかれちゃねぇぜ!!

おいらは
まだ
まだ
働けるんだぜ!!

だから
おいらは
奴には
アラームを担当して
もらうことにした

機会だって
人間だって
まだ
まだ
これからよ

誰だって
やりたくなった時が
その時よ

やったるは
これからよ

お楽しみは
これからよ

 




クラッカー

ここで
負けて
たまっか
クラッカー

ここで
落っこって
たまっか
クラッカー

いつだって
どんな時だって
エッジだけど

こんな所で
落っこって
たまっか
クラッカー

 


 

 


SAMURAI JAPAN

SAMURAI JAPAN
あぁ〜
なんと
素晴らしい
響きでしょう・・・・・

胸に
熱き血潮が
みなぎってきます

辰徳さんが
先日発表した
WBCの日本選手団の
正式な愛称

世界中に
飛び散って
おの
おのの
仕事をしている
誇り高き
侍たちが

お家の一大事のために
また
一つになって
集まって来る

理由など
聴かずに
自分の都合など
一切考えずに

真っ先に
いざ
はせ参じる

あぁ
この
凛とする
一念だけで

一つの
壮大な
武士の物語が
できるでは
ないでしょうか・・・・

この国は
侍を生んだ
世界で唯一の国です

私たちは
男子も
女子も
みな
侍の子です

そのことだけは
世界中の
どんな民族も
まねのできない
事実です

SAMURAI JAPAN

 

 


どっどどどぉのけんけんぱぁ

どっどどどぉ

どっどどどぉ

ん〜
ことばが
つづかねぇなぁ



けんけんぱぁ

けんけんぱぁ

こっちも
つづかねぇなぁ



だったら
いっしょに
あそばしちゃえ

どっどどどぉの
けんけんぱぁ

どっどどどぉの
けんけんぱぁ


なんじゃこりゃ






聖なるギフト

小室哲哉の
詐欺の内容だけを見たら
すぐにバレる
単純な犯行だが

最初に事件の
内容を知った時
本能的に
ヘドロのような
ドス黒いものを感じた

だって
著作権こそが
創造するという
光り輝く
能力を
神さまから
贈られた人間の
魂でしょ

偉大なる
創造主の
神さまは
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホや
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトや
宮沢賢治などの
素晴らしい芸術家の
芸術作品の中に
サブミナル効果として
宿っていて

神さまから
贈られる魂は
誰も
かれもが
贈られる
能力じゃなく

その能力を
与えてもらえる代償として
おごることなく
努力すると

この世に生まれる前に
神さまに
誓った
人間だけに贈られる
特別な
スペシャルな
肯定的な
聖なる能力で

その誓い通り彼は
幼少の頃から
他人には
言うに言えない
血のにじむような
壮絶な努力と
苦しみと
精神的な
絶対的なる孤独と
内に潜む
狂気という
怪物を押さえ込んで

大きくしていって
膨らませていって
新しい創造物を
生み出していって
この世に
音楽の楽しみを
虹のように
広めていって

新しい時代を
拓いていった人なのに

しかも
何もない
無からの
生みの苦しみを
誰よりも
経験してきて
その壮絶な巨大な山を
乗り越えていった
努力の人なのに

創造するという行為の
魂の価値の
尊さや
怖さを
誰よりも
知っている
人間のうちの一人なのに

その人間が
神さまから
贈られた魂を
自らの
欲のためだけに
利用して
売って

神さまとの
誓いを
裏切って
魂を
堕とした所に
堕天使のように
魂が堕ちた
瞬間を見た

その
部分だけは
どんなことがあっても
魂の中の
聖域として
絶対に死守して

その
最後の
光の
輝きだけは
奪ってほしくなかった

これから
未来を
創ってゆく

キラキラと
キラキラと
光り輝く
子供たちという名の

天使のために・・・・・






 

11・2 少年の希望

人間に勝手に
造られて

人間の理不尽な理由で
いらないからといって
勝手にサーカスに
売られて

それでも
グチひとつこぼさず
斜に構えることもなく
人間を裏切ることもなく

いつも
希望を信じ
いつも
妹を守り

妹は大好きな
お兄ちゃんを
誇りに思い

だが最期は
究極のアウトサイダーの
ロボットである彼が
地球を救うため
人間を救うため
動物を救うため

迷うことなく
たった一人で
ロケットを抱え
肥大化し
猛烈に燃え上がった
灼熱の太陽へと
突っ込んでいった
トビオ少年の
生き写しロボット
アトム

10万馬力の
最後の1馬力が
尽きてもなお
強い意志だけで
自分のカラダの何十倍もの
巨大なロケットを抱え

人間と同じく
命がなくなる
恐怖心や
痛みはあるが
ヒトミは
微塵もブレることなく
真っ直ぐに
太陽だけを
強く
強く
凝視していた
アトム

でもまだ幼く
無垢で
けなげな少年の
脳裏には
どんな記憶が
コマ送りのように
映し出されて
いたのでしょう

ウランちゃんと
二人一緒に
仲良く
楽しく
遊んでいた
甘い記憶か・・・・

生身の人間の
トビオ少年が
夕日が落ちるまで
むじゃきに
遊んでいた
遠い記憶か・・・・・

それとも
トビオ少年が
お父さんに
抱かれて
幸せだった
安らかな記憶か・・・・

しかし
そんな走馬燈も
無情にも
一瞬で消え去り

銀河が
割れ裂けんばかりの
轟音と共に
光と
一つになった
最期の瞬間

少年のヒトミは
瞳に
なったのでは
ないでしょうか

ぼくらは
そう
信じたい・・・・

自我を捨て
ただひたすらに
ひたすらに
人間のためだけに
ボロボロに
傷つきながらも
戦い抜いて

最期は
自分の生命すらも
ちゅうちょすることなく
捧げていった
あの少年の
救いは
なんだったのでしょうか

ぼくらは
そのことを
考えたい

一度も
ふり返ることなく
星になった

あの無垢な
少年の
希望や
理想のために・・・・

         義明

 





 

光と影

むかし
むかし

王子様と
お姫様が いました

王子様は
王子様と
結婚しました

  おしまい




11月4日
カリフォルニア州で
同性婚の是非を問う
住民投票が行なわれます

100年後の人類が
このような
おとぎ話しを
子供に
読み聞かせる時が
きませんように

月や火星には
海や大地はありません

地球には
昼や夜があります
夏や冬があります

これは
宗教的な問題ではなく
この星は
このような
摂理で回っています

この星は
光と闇で
できています

そして
その星で
生きている
人の心も

光と闇で
できています

 





 

ハリウッド・リメイクを考える

さぁ
大三元だぁ

とも叫びたくなるように
2009年から
ハリウッドでは
日本原作の作品がラッショする

ドラゴン・ボール
鉄腕アトム・ASTRBOY
トランスフォーマー2・リベンジ

メジャー映画会社の企画開発・段階では
攻殻機動隊/プロデューサー・スティーブン・スピルバーグ
AKIRA/レオナルド・ディカプリオの映画製作会社
獣兵衛忍風帖
アフロ・サムライ
などなど
僕が知らない映画の企画も
どんどん
どんどん
進行しているだろう

そこで
考えてみた
日本の漫画や
アメコミを実写にする場合に
これだけはやっちゃいけない
踏んだら最後の地雷を

それはオリジナルの根底に流れている
一見見えないが
一番大切なスピリットを
自分達の打算で勝手に歪曲すること

典型的な例は
ハリウッド版・GODZILLAである
あれはゴジラという名の
ただのトカゲである

ハリウッドのクリエーターの
創造力を萎縮させてしまうような
発想の縛りはいけないが
あそこまで外見を変えてしまうと
コアなファンはもちろん
一般の観客もついていけないし
一般の観客も本能的に感じるものだ

これはオリジナルのスピリットを
リスペクトしていないな

ということを
そういう作品は絶対に観客に
そっぽを向かれる

マーチャンダイジングだけの戦略で
新しいオモチャを売りたいからといって
トカゲをゴジラといっても
厳しい世間は納得しない

そして次は
映画のトーンである
優れた映画にはトーンがある
そのトーンをごちゃまぜにして
幕の内弁当みたいな
どっちつかずの映画は
ただのフィルムの束である

八代亜紀は
灯はぼんやりともれぁいいと
唄っていたが
漫画やアメコミのリメイク作品のトーンも
暗めがいい

漫画やアメコミは楽しいものである
だから原作が陽で
映画も陽だと
心には眩しすぎるし
下手をすると軽くなってしまう
だからトーンは
暗めがいい

次は監督である
監督はインディペンデントの映像系の監督を起用すると
ちょうどいいバランスになる
この黄金の方程式を生み出したのは
バットマンのティム・バートン監督である

この美しい流れは
今日まで受け継がれていて
ダークナイトのクリストファー・ノーラン監督や
パイレーツ・オブ・カリビアンの
ゴア・ヴァーヴンスキー監督らが受け継いでいる

そして最後の絞めは役者である
原作が漫画で
役者が大根だと
映画全体が軽くなってしまうので
役者は演技派がいい
アメコミは架空の世界だから
それをリアルに観せるには
演技ができる役者じゃないと成立しない
この成功例は
アイアンマンのロバート・ダウニー・Jrである

できれば脇に
アカデミーの助演男優賞ノミネートの常連組で
その中でもイギリス人役者例えば
リーアム・ニーソンや
マイケル・ケイン
などで脇を固めると
映画がより一層
格調高いものになる

日本人は
武器やミサイルを
輸出していない
日本人は
素晴らしい文化を
数多く輸出している

日本人は
第二次大戦で負けて以来
世界に向かって胸を張ることを
ためらうようになってしまったが
日本の芸術・文化レベルは正当に
自画自賛していい
世界トップレベルのクオリティーである

その文化と
ハリウッドのパワーが融合して
より強い光になることを
一人の日本人として
ワクワクしている

 





 

ティルダ・スウィントン

普通の世界では
なだらかな坂道の形で
徐々に上に上がっていくのですが
エンターテイメントの世界では
一段
一段
ステップして
上がっていきます

そして観客は
他人の人生の
上がった瞬間を
観ることができて

エンターティナーが
今までのどん底の苦労に対する
ご褒美を贈られた瞬間を
観ることができて
共感できる

それこそが
エンターテイメントの
一番の醍醐味ですし
それこそが
違う世界で生きている
人間のパワーや
生きる原動力にも変化するのです

【羊たちの沈黙】で
ジョディ・フォスターが
ハンニバル・レクターと
最後に会話を交わす
格子越しのシーンで

ジョディは
遠い記憶の彼方にあって
封印していた
幼い時の話しをします

そう
表題の意味にもなっている
夜明け前
殺される運命の
子羊を抱えて
どこかもわからず
どこでもかまわず
逃げ出した
遠い記憶のことを・・・・・

そのシーンで
ジョディの顔がアップになるのですが
その時の
顔の表情・目の動き
顔の細かい筋肉の使い方など
DVDで何度観ても
あぁ〜この瞬間
上がったなぁと思える瞬間です

そうなのです
あの瞬間
アカデミーの女神様が
主演女優賞をたずさえて
微笑んだのです

そしてその時と
似た感覚を始めて感じました

映画【フィクサー】の中で
強き一辺倒の
豪腕な企業の法務担当役員役の
ティルダ・スウィントンが
最後のシーンで
自分の人生の破滅を突きつけられる
シーンの時

あの時のジョディと似たような
ディティールに
芸術の神様が宿っているような
そんな
演技をしているのです

あのシーンは
観れば観るほど
新しい発見をしますし
恐ろしい程
細部に神経を張り巡らしている
演技になっています

正直あの瞬間は
一段上がったなどという余裕はなく
ただ
ただ
凄いと圧倒されるだけでした

そして
アカデミーの女神様が
助演女優賞をたずさえて
微笑んだ瞬間でもありました

 





 

ヤドカリ

一匹は殻で
一匹は海へ
一匹は空へ・・・・

ヤドカリが
殻の中にずぅっと
閉じこもっていて
自分の小さな生活を守って
必死に生きていても
それは
それで
楽しいかもしれないが

大きな
広い海の中で
生きている
ヤドカリの中には

いや
俺は
この殻をブチ破って
大海原に出るんだという
ヤドカリもいれば

いや
いや
俺は
大空に羽ばたいてって
ドッカーンと
飛んでいくんだという
ヤドカリもいる

そうだよ
ヤドカリは
生きてんだぁ

生命は
生きてんだぁ

命は
爆発してんだぁ

大海原は
でっかいんだぁ

だったら
その空間を
使わなきゃ
もったいないじゃないか

そして
心は
もっと
もっと
広くて
無限なんだぁ

だったら
その空間を
空き家にしてちゃぁ
もったいないじゃないか

そうなんだよ
君は殻を
ブチ破るために
生まれてきた
誰とも
似てない

この星で
たった一人の
ヤドカリなんだぁ

 

 

 

 

青春

一人
一人
歩く道は
ちがっていても

僕らは
みんな
一瞬で
あの
青春の輝きの
笑顔の中に
帰っていった・・・・・

この道の先には
楽しさしか
ないんじゃないかと
バカみたく
信じていた
あの頃に

この道の先に
待ちかまえている
辛さなんか
一瞬も
考えもしなかった
あの頃に

そう
僕らの
青春は
全く
色あせることなく

僕らの
人生の道と
平行して
キラキラと
キラキラと
輝きつづけていた

そして
僕らは
今宵

その光と
また
交差した・・・・・

        義明

 

 

 

 

 

サンシャイン

テレビの討論番組を観ていると
出演者は他人の話しなど
一切聞いちゃいない

彼らの頭の中は只一つ
次に自分が何を
言おうかということだけだ

そしてあらかじめ決められた
台詞を話すよう決められた映画では
その傾向がもっと強く表れる

クリント・イーストウッドみたいに
テイクやリハーサルを全然しないのはまれで
通常はOKテイクまでに
何回かのテイクやリハーサルがある
スタンリー・キューブリック先生や
デビット・フィンチャー監督のように
平均20テイク
多い時で100テイク以上
リールを回す監督は稀にしろ
映画とはある決められた台詞を話す
予定調和の芸術だ

その特殊性ゆえに役者が一番大切なことは
今始めて聞いたとか
今始めて見たみたいな
リアルなリアクションができるかが
その映画が成功する一つの要因になる

そんなリアクションを
天性のように観せている
努力の女優がいる

【リトル・ミス・サンシャイン】の演技で
10歳の時
アカデミー助演女優賞にノミネートされた
アビゲイル・プレスリンだ

たとえ何十回テイクを重ねていようが
共演者が発した台詞を今聞いたように
一度自分の頭の中でそしゃくし
自分が頭で理解した
言葉として発している
そしてその動作を一瞬の内に演じている

それはもはや
あらかじめ予定調和されたものではなく
彼女の女優としての才能や
真摯な人間性をも感じさせる
芸術になっている

そうなのである
彼女は
すでに
できているのである
分かっているのである

一方日本のコンビニでは
若い女の子向けのティーン雑誌が
氾濫していて
右向け右の
強迫観念に取り付かれたティーンは
自己の内面を磨くことが
容姿の輝きや
女性としての魅力につながっていることを
理解しようともぜす

ただただ盲目的に
同じ方向へ行くレールに乗ることこそが
自己の確立だと
悲しく思い込んで
哀れに信じ込んで
強迫観念の渦の中で
必要以上に
もがき苦しんでいる

その結果
明るい将来をイメージするサンシャインや
肯定的な思考のサンシャインや
生きてる喜びのサンシャインの
爆発を失って

自分の道の先には
悲観的な未来しかないという
影だけは
疑いもなく信じるのに

どんな未来でも
自分で変えられるんだという
万人の魂に内在している

サンシャインの力を
信じようとしない

 

 

 

 

10・11 昇天なされた日

一美さんが
これから
歩いていこうとしていた
人生という名の
道の先には

尊厳ある命や
明るい未来や
可能性ある夢や
水々しい希望など
目に見えない
すべての
光が
神々しく
どこまでも
どこまでも
広がっていました

そんな
繊細で
か弱い女性を
一生を掛けて
守るのではなく

己の醜い欲という
金のためだけに
殺害した
気の小さい男が
自殺していった

名を書きたくもない
げすな男だから
気の小さい男で
十分だろう

気が小さいから
殺害を共謀した直後に
わざとらしい三文芝居を演じ
世間を欺いた気になって
自分で自分に
酔っていたが

正義という精神を
何よりも重んじる国の
大地から生まれた
男達の執念と
その法治国家の
共謀罪からは
逃げ切れないと
観念したのだろう

最期は
気の小さく
げすな男に
最も相応しい
惨めで
情けない
自殺だった

悪運尽きた男の屍は
一美さんが搬送されたのと
同じ病院へと運ばれ
そこで
天からの
天罰の審判を
受けるがごとく
死を確認された

この日が
一美さんの魂が
一筋の光の柱にのって
安らかに
昇天して
逝った日だろう

そして
一美さんの
母の強い
祈りが天に通じ

母と娘の
長い
長い
二人旅がやっと
終わった日だろう

母は
いつの日か
一美さんの墓前で
静かに
手を合わせて
一美
安らかに
眠るんだよと
報告するだろう

一美さんの
崇高なる
魂よ
安らかに
救われたまえ

一美さんの
魂よ
この世に
一片の未練など
残すことなく
安らかに
昇天したまえ

もう
すべてが
終わったんだから

天は
一美さんの
見方なんだから・・・・

 


 

 

 

 君を笑ったりしない

自分の
仕事や
生きた方に
誇りや
熱い情熱や
敬意を
持っているが

不器用で
自分を表現するこが
少し苦手で

自信がない季節が
寒い北風のように
ぴゅ〜と
心の中に
吹いてきて

もしかして
自分は
影で他人に
笑われているんじゃないかと
思っている

心優しい
繊細な人が
いるかもしれないが

仕事に
全身全霊を
捧げて

人間が
生きるということは
ある種の犠牲を払ってこそ
人生で
素晴らしいものを
得ることが
できることを
本能的にわかっている

生き方に
誇りや
情熱や
敬意を
持っている人は

同じく
そう思って
生きている

君の
ことを
笑いやしない

決して
決して
笑いやしない